強要された教育によって人は国を愛するようになるか?
2015年04月16日
やれやれ、ついに来たかというのが偽らざる感想。大学の入学・卒業式における国旗掲揚と国歌斉唱を巡る議論のことだ。
そもそも私は、2012年3月6日の本欄において「〈物語〉どこかの国の愛国心」という論考を書いている。この時期に、高校の卒業式での国旗掲揚と教員の不起立問題が大きな話題となっていたからだ。誤解なきよう付け加えておくと、高校の卒業式で国旗掲揚を義務づけようと、全く逆にそれを禁止しようと、私は同じ違和感を抱く。つまり、国旗掲揚の是非そのものとは無関係に、異論を許さず強要する姿勢こそが、真剣に憂慮すべき問題なのである。
さて、2015年4月9日の朝日新聞の記事を一部抜粋してみよう。
安倍首相は9日の参院予算委員会で、次世代の党の松沢氏の「国立大学の入学式卒業式に国旗国歌があるのは当然」との指摘に対して、感想として「税金でまかなわれていることに鑑みれば、教育基本法の方針にのっとって正しく実施されるべきだ」と応じた。これを受け、下村文部科学相は「広く国民に定着し、国旗国歌法が施行されたことを踏まえ、各大学で適切な対応がとられるよう要請したい」と話した。ただ、大学の自治があるとして、「強制や指導はできない。最終的な判断はゆだねることになるだろう」(担当者)という。
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