精神医学への貢献と、社会への大きなヒント
2015年05月19日
「モノを学ぶ」というと普通は、繰り返しやって「少しずつ」学ぶこと(漸進学習)を意味する。外国語にしても、自転車や乗り物の操縦にしても、料理にしてもそうだ。だがいつもそうとは限らない。あるレストランに初めて行ったら、まずかったばかりか腹までこわしてしまった、「もう二度と行くもんか」(実際に行かない)、という場合もある。
これを「一発(ワンショット)学習」と呼ぶが、脳がどのように一発学習と漸進学習を使い分け、またどういう神経メカニズムで実現しているのか。これは神経科学の大きな謎であると同時に、そのメカニズムを理解することは、世の中的な意味も大きい。
ひとつには精神医学への貢献がある。精神疾患による学習・記憶障害の理解や治療につながるからだ。他方、人災と天災が複合化して被害が巨大化しがちな現代社会においては、人類は1回の大事故(カタストロフィー)から多くを学ばなくてはならない。そのための有力なヒントになるかも知れない。
ということで本稿では、最新の研究成果を交えながら「一発学習」の謎に迫る。
動物行動学の方で「ガルシア効果」とも呼ばれる驚くべき現象がある(ガルシアは最初に報告した研究者の名前)。毒性のある食物を一度食べて苦しんだ経験だけで、以後ずっと避けるようになる現象のことだ。
これが何故、動物の学習研究史上大きなインパクトとなったのか。その訳は、学習を条件付けなどの漸進学習だけで説明するのが、60年〜70年代は主流だったからだ。一発で行動が変わってしまうのは、当時の理論家からすればいかにも「都合が悪い」現象だったわけだ。
その上驚いたことに動物(ネズミ)は、どの食物に毒が入っていたかを正しく判断できることがわかった。極端な例では、毒入りカプセルをダンゴに仕込み、食べて24時間経ってから(時限爆弾のように)毒が効き出すように細工した実験がある。この24時間の間にネズミは当然、いろいろ食べたり飲んだりするわけだ。しかし何故か(学習心理学の常識に反し)直近に飲食した(異なる形や色、匂いの)モノ ではなくて、24時間前の毒ダンゴに「原因を正しく帰属」する。そしてその後は一切、ダンゴに近寄らなくなる。
このように一発学習は、多くの場合「原因を正しく同定(帰属)する」という一見複雑な認知判断を伴っており、だからいっそう謎は深まった。
一発学習を可能にする神経メカニズムは、
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