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北極海に近道航路が開く!

温暖化と共存するに不可欠な航路だが、課題もまだ多い

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 国連の下部組織である国際海事機関(International Maritime Ornanization:IMO)が、極域航路での国際基準を定めるPolar Codeを採択した。これは北極海(北大西洋を除く北緯60度以北の海域)と南極海(南緯60度以南)を利用する船舶の安全確保と、航行に伴う環境への影響を最小限にするためのものだ。具体的には、「1974年の海上における人命安全のための国際条約」(SOLAS条約)と「1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書」(MARPOL条約)を改正する形で基準が定められ、2017年から施行する。

 この条約が必要となった背景には、北極海航路が商業的に成り立ちうる時代がすぐそこまで来ていることがある。

拡大北極圏航路には、シベリア沖を通る北海航路(赤線)の他にアラスカ・カナダ沖を通る北西航路(橙線)がある。赤の点線はロシアのヤマル半島でガス開発に伴う航路。従来の南回り航路(スエズ運河)は青線で示す。

 北極海の海氷は毎年夏に融けて9月に最小となる。その時期には昔でも砕氷船さえあれば欧州からベーリング海峡まで航行できた。実際、1930年代には旧ソ連の砕氷船が一夏で北極海沿岸を航行しきっている(それ以前は2年がかりだった)。しかし、砕氷コストがかかり、かつ夏場しか使えない北極海航路は、ソ連崩壊と共に寂れてしまった。それを変えたのが地球温暖化による夏の海氷の減少だ。

 北極海の夏場の海氷は衛星データのある1979年以降、年ごとの増減はあるものの、10年単位でみたら一貫して減少している。特に1990年代にはシベリア沖の氷が大きく減少して、2000年代には短い期間ながらも欧州からベーリング海峡まで海が開く事態すら起こるようになった。海氷の減少は、温室効果に伴う温暖化予測をはるかに超える速度で進んでおり、温暖化予測では今世紀末までありえなかったはずの北極海航路の経済的利用が、シベリア沖経路でもカナダ沖経路でも10年以内に可能になると予想されるようになった。

 変化の様子は日米欧の人工衛星でモニターされており、詳しい変化は極地研究所のサイト気象庁のサイトでプロットできるが、それによると、2005年の9月には確かにシベリア沿岸の海が完全に開いている。そして2010年代は短い期間ながらも毎年航路が開くようになった。

 この航路を使うと、日本から中欧への航行距離が今までのスエズ運河経由21000 km(約40日)から 13000 km(約20日)へと大幅に短縮する。そればかりか、海賊の多い地域や地域紛争の多い地域を避けることができるので、実は大航海時代から模索され続けた航路でもある。

 そういう意味で朗報なだけでなく、今まで寒地として、ともすれば首都の連中から見下されてきた北極圏各地にとっては、物流の中心になりうるというメリットまであるのだ。地球温暖化が原因なのがすっきりしない人も多いだろうが、単純に温暖化を悪と見なす二元論では世の中は回らないのである。

 北極海航路が現実のものとなったのを受けて、数年前から実際の商業航行が試験的に始まっており、日本だけでなく中国も成功させている。日本の会社には北極海航路をにらんで海氷情報の提供を始めているところもある。となれば、

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筆者

山内正敏

山内正敏(やまうち・まさとし) 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

スウェーデン国立スペース物理研究所研究員。1983年京都大学理学部卒、アラスカ大学地球物理研究所に留学、博士号取得。地球や惑星のプラズマ・電磁気現象(測定と解析)が専門。2001年にギランバレー症候群を発病し1年間入院。03年から仕事に復帰、現在もリハビリを続けながら9割程度の勤務をこなしている。キルナ市在住。

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