「箱根は死火山」よりも教えてほしかったことがある
2015年06月12日
小学生時代の思い出に白地図がある。社会科の授業だった。色鉛筆で真っ白な日本列島に山脈山地を茶色、川や湖を水色に描き込んでいく。あるいは、大都市に印をつけて、それらを鉄道でつなぐこともある。頭のなかに日本列島のジオラマができあがっていくようで、楽しい作業だった。
その白地図学習で覚えたものの一つが、火山と火山帯である。まずは火山を三角印で表す。このとき、それらが活火山か休火山か死火山かもセットで記憶していったように思う。首都圏の子になじみ深いものを挙げれば、「富士山は休火山、箱根山は死火山、伊豆大島三原山は活火山」だった。さらに白地図には、火山の並びをタラコのようなかたちに囲む。火山帯である。富士、箱根、三原は「富士箱根伊豆火山帯」に含まれていた――。
と、懐旧談にふけったが、この知識はもはや、すべてひっくり返ってしまった。今も活火山はあるが、休火山や死火山という言葉は使われない。しかも活火山の数はぐんと増え、三原山はもちろん、休んでいるはずの富士山も、死んでいるはずの箱根山もそのリストに名を連ねるようになった。
それだけではない。当時は、日本列島に「千島」「那須」「鳥海」「富士箱根伊豆」「乗鞍」「白山」「霧島」の計七つの火山帯があると教わったという記憶があるが、今は大まかに東日本火山帯と西日本火山帯の二つにくくられているらしい。
この現実から、私たちが受けてきた教育の欠点が浮かびあがる。自然科学の知識は観測事実が積み重なり、理論の枠組みが変わることで塗りかえられていくものなのに、その変化に対応する教え方がなされなかった、ということだ。火山については、社会科の授業で扱われたということも問題かもしれないが、科目を問わず暗記ではない教え方があるように私は思う。
たとえば、活火山について。気象庁の公式サイトには、「『活火山』の定義と活火山数の変遷」と題した記述があり、「火山の活動の寿命は長く、数百年程度の休止期間はほんのつかの間の眠りでしかないということから、噴火記録のある火山や今後噴火する可能性がある火山を全て『活火山』と分類する考え方が1950年代から国際的に広まり、1960年代からは気象庁も噴火の記録のある火山をすべて活火山と呼ぶことにしました」とある。私が小学校で「富士山は休火山、箱根山は死火山」と教わったのは1960年代前半。すでに学界では、休火山や死火山の概念が大きく揺らいでいたことになる。そんなときになぜ、あれは休火山、これは死火山……と丸覚えさせていたのか。火山学者の常識が教育現場に伝わるには時間がかかるとしても、もはや暗記させるほどのことではないという判断はできたはずだ。
いやむしろ、こう言うべきかもしれない。1960年代に子どもたちにぜひ教えておくべきだったのは、専門家が50年代に強く認識したことそのものではなかったか。すなわち、火山と人間では時間スケールがまったく違うということだ。300年という時間幅を考えてみよう。人間にとっては十世代にまたがる長い歳月だが、火山にしてみれば「ほんのつかの間」に過ぎない。そのことを子どもたちが頭に入れておけば、大人になってから、大噴火や巨大地震は近過去に記録がなくても起こると警戒するようになるだろう。こちらのほうが、火山のレッテル貼りよりもはるかに有用のはずだ。
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