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差別はなぜなくならないのか

黒人暴動にみる差別の重層構造と深層心理

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 米国で大規模な黒人暴動が繰り返されている。グローバル化、多言語化が進む日本にとっても他人事ではない。

 メリーランド州ボルティモアで今年4月、黒人青年が警官に取り押さえられる際に暴行を受けて死亡し、その葬儀のあと群衆が暴徒化した。米政府はボルティモアで非常事態を宣言し、州兵を投入。市内には夜間外出禁止令も出た。

 昨年11月にもミズーリ州ファーガソンで、白人警官による黒人少年射殺事件が起きた。大陪審の警官不起訴決定を受けて暴動が発生し、この時も州兵が出動。2夜連続して放火や商店の襲撃が相次ぎ、2日目だけで44人の逮捕者を出した。

「ロサンゼルス市南部を再建しよう」。ロサンゼルス暴動から20年の日に黒人らは暴動現場の近くを練り歩いた =2012年4月29日、藤えりか撮影

 さらに遡れば、ロサンゼルス(LA)大暴動(1992年4月末〜)を忘れることはできない(以下ウィキペディア他)。複数の人種間事件を引き金に黒人たちの鬱積した不満が爆発。大暴動に発展し当時の黒人市長は非常事態を宣言、州兵はもとより4,000人超の陸軍および海兵隊までが投入された。暴動は6日間続いてようやく収束を見たが、影響は長く尾を引き、(心理面では)後の暴動のひとつの雛形ともなった。

 このロス暴動による死者は53人、負傷者約2,000人、放火3,600件、崩壊した建物も1,100件に達した。被害総額は8億ドルとも10億ドルともいわれる。逮捕者は約1万人に達し、そのうち42%が黒人、44%がヒスパニック系だった。

 この暴動の背景には、LAサウスセントラル地区の人口比率の変動と人種間の緊張があった。この地区はかつて黒人のコミュニティだったが、ヒスパニック系が取って代わり、また韓国系アメリカ人が黒人の所有していた酒屋や雑貨店などを買い取って商売を独占した。その韓国系の商店が暴動で襲撃された。

 先に述べたミズーリ州の暴動でも、韓国系の店が集中的に襲われている。どちらの場合も、発端は白人対黒人の対立なのに韓国系が被害を受けた。多人種間の錯綜した関係が見て取れる。

差別の重層構造

 この問題は根が深い。生活の実態と心理の深層を見なければならない。居住地域はもとより、文化の面でも人種は棲み分けている。(以下は米国の社会心理学者からの耳学問だが)TVドラマの人気トップ5を見ても、投票する側の人種で全然違っているという。同じ国にいても違う世界に住んでいるのだ。

 もうひとつ気をつけたいのは、一口に差別といっても、あからさまなものから微妙なものまで何段階もある点だ。この点でミズーリ州の事件後に書かれた以下の分析が参考になる(冷泉彰彦、ニューズウィークジャパン、2014年11月24日)。

 冷泉氏によれば、有色人種への直接の「侮蔑、優越の心情」(第1段階の人種差別)が事件の原因だったとは言えない。というのも白人警官は「黒人青年は劣った存在だからその人命を奪った」のでもないし、大陪審は「被害者が黒人という下位の存在だから警官を不起訴にした」わけでもないからだ。

 そうではなくてむしろ白人警官の側に「無理解による誤った恐怖」があったのではないか(第2段階の差別)。黒人青年マイケル・ブラウン氏と口論になった際に、「図体の大きい相手への恐怖感」を感じ、過剰な防衛反応をした。さらに第3段階の差別として、警官の側を支持する(主に白人の)側には「逆差別」の感覚、つまり「白人が白人を撃てば正当防衛だが、白人が黒人を撃った時だけ人種問題になるのは、白人への逆差別だ」という感覚があった。この「逆差別論」が実は人種分断の大きな要因になっている。

 米国在住者の感覚として筆者もこの分析に賛成だが、さらに付け足したいことがある。差別とは心の表層だけではなくて、

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