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安保法制:空回りの対立から現実的な合意への道

噛み合ない議論を噛み合わせ、「本当の危機」からの脱出を

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 安保法制を巡る混乱が続いている。安倍内閣は「集団的自衛権」を限定的に認める憲法の新解釈を打ち出した。圧倒的多数の専門家が憲法違反だとする中、関連法案を拙速な手続きで通そうとしている。それと同時に、言論の誘導/威嚇への動きも加速している。直近では安倍首相に近い若手議員たちによる「文化芸術懇話会」で、作家百田尚樹氏や議員らが放言。特に「沖縄の2紙はつぶせ」「マスコミを懲らしめるには、広告料収入をなくすのが一番」等の露骨な発言が反発を買った。

衆院安保法制特別委員会=6月29日、飯塚晋一撮影

 経緯を振り返ると、「憲法96条(憲法改正規定)の先行改正」が頓挫し、2013年参議院選挙で「ねじれ解消」を達成した後、安倍内閣は方針を変えた。96条を前面に出すことを控える「96条潜行改正」=いわゆる「解釈改憲」にシフトしたのだ。

 この間、特定秘密保護法の制定 (2013年12月)、武器輸出三原則の撤廃 (2014年4月)、そして集団的自衛権行使容認の閣議決定 (同年7月)などの大転換が、矢継ぎ早に行われた。そしてこの閣議決定を具体化すべく、5月26日から国会で安全保障法制の審議が始まっている。

内閣の公式見解

 内閣官房ホームページで「安全保障法制の整備についての一問一答」を見てみた。以下、特に気になった部分を引用する。

Q: 集団的自衛権とは何か?
A: 国際法上、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止することが正当化される権利です。(中略)・・・今回の閣議決定は、あくまでも国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るための必要最小限度の自衛の措置を認めるだけです。他国の防衛それ自体を目的とするものではありません。
Q: 解釈改憲は立憲主義の否定ではないのか?
A: 今回の閣議決定は、合理的な解釈の限界をこえるいわゆる解釈改憲ではありません。(後略)
Q: なぜ憲法改正しないのか?
A: 今回の閣議決定は、国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るために必要最小限の自衛の措置をするという政府の憲法解釈の基本的考え方を、何ら変えるものではありません。必ずしも憲法を改正する必要はありません。

 まず「集団的自衛権」については「国民の命と平和な暮らしを守るための必要最小限度の自衛の措置を認めるだけ」と言っているだけだ。これでは第二次大戦中に軍部が呼号した「満蒙は日本の生命線」というのとどこが違うのか、素人には(玄人にも?)わからない。線引きに苦労する、ということはつまり、将来恣意的な運用を許すことになるのではないか。

 また「解釈改憲」や「憲法改正」についても、一応批判に答える体裁をとってはいるが、「違います」と言っているだけで中身がない。これでは説得のされようもない。

 専門的な立場からの批判はすでに広く沸き上がっているので、ここでは素人の観点から提言を試みたい。

互いに自分の「弱点」を分析せよ

 今回の論争を見ていて改めて思うのだが、議論が噛み合っていない。噛み合わせる気も全くない(本欄渡部恒雄氏の論考『保守とリベラルの不毛な批判合戦』)。心理学的に言うと、

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