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福島事故後の科学者コミュニティーの反省と責任

「放射線の人体に対する影響」の科学的な合意形成と社会への助言が必要だ

長瀧重信 長崎大学名誉教授(放射線の健康影響)

福島事故後4年間の混乱の反省

 福島原発事故以来、放射線の健康影響に関しては様々な科学者、専門家の意見が対立したまま主張されています。1ミリシーベルトでも危険であるから避難すべきであるという学者もいますし、100ミリシーベルトでも影響は認められないと主張する学者もいます。さらに、科学者間の議論に加え、それぞれの意見に一般の支援者が存在し、自分が賛成する科学者を支援し、反対する科学者を誹謗しています。

拡大2011年12月1日の福島県各地の放射線量
拡大2015年7月19日の福島県各地の放射線量

 このような様々な個人的な科学者の意見が、科学者コミュニティーの中での中立的・科学的な発表や討論、評価の過程を経ることなく直接社会に発表され、また報道機関が取り上げてきたことが、この4年間の混乱の大きな要因であると思われてなりません。

 科学は個人の科学者が新知見を発表することによって進歩することは間違いありません。そして新知見は科学者同士で率直にコミュニティーの中で科学的に発表され、討論され評価されることが必須です。大きな話題となったSTAP細胞の論文で明らかなように、審査の担当者が評価してNatureという世界有数の学術雑誌に発表されても、科学者同士コミュニティーの中での評価により論文が撤回されることもあるのです。評価される前の新知見は、あまり信頼できないと言ってもいいでしょう。

 放射線の人体に対する影響に関しては、この4年間の状況に対して、日本の科学者は深刻な反省をしたうえで、総力を結集して科学者コミュニティーで合意した科学者の声として社会に対しての助言をしなければいけないとの自覚を持つべきではないかと思っています。

日本の科学者コミュニティーの合意と助言とは

 人類は誕生した時から放射線を浴びています。宇宙から、大地から、そして食物から放射線を浴びており、その被曝線量は世界平均で年間2.4ミリシーベルトと計算されています。人類が、また個人が誕生した時から浴び続けている放射線の被害はわかりません。放射線を浴びていない人間はいないので対照がないからです。また自然放射線による健康被害は防ぎようがありません。

 しかしながら、科学的には年間2-3ミリシーベルトの自然放射線で健康被害を論ずる根拠は全くありません。健康被害があったとしても、その結果として今の人類が存在しているからです。

 一方大量の放射線を被曝すれば人間は必ず死亡します。放射線の人体に対する影響は被曝する放射線の量によって異なるということです。繰り返しますが、大量の放射線を被曝すれば死亡するけれども自然放射線には生まれたときから常に被曝しています。これは科学の世界では当たり前ですが、社会に対してはっきりと科学者の合意として示していくことが大切です。放射線の影響はわからない、わからないから怖いという放射線に対する不安、あるいは恐怖は自然放射線のレベルまで含んでいるからです。

 したがって放射線の人体に対する影響を考えるとき、最初の問題は被曝線量の推定です。被曝線量のモデルによる推定、個人の実測値、不確実性も含めた総合的な被曝線量の推定に関する合意が必要です。そして原爆被爆者の調査研究を中心としてこれまで蓄積されてきた放射線の人体影響に関する科学的、中立的な知識を利用して、被曝線量から将来の健康影響を推定するという科学的な思考過程を経て、科学者の同意した一つの声をまとめ、社会に助言しなければならないと思います。そのとき、福島の被災者の現状を広く、深く考察する必要があることは言うまでもありません。そして、この助言が社会から信用されるようにする努力も当然、科学者コミュニティーの責任です。

 科学者コミュニティーとは、科学者の集まりという意味です。科学者の同意した声をまとめる団体としては、放射線の人体影響に関する学会などの学術団体、あるいは大学、その連合体、その他、様々な形が考えられますが、国際的にも信用され、国民からも信頼される組織・団体であることが大切です。

科学者の合意と助言は誰のためか

 筆者は核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に寄与することを理念とする長崎平和推進協会の理事長を務め、また原爆被爆者の健康影響を科学的に追究する放射線影響研究所の理事長も務めましたが、最近は、被爆者を取り巻く様々な社会的な運動、反原爆運動、原子力利用に関する賛否の運動などから被爆者、そして被災者を守るということが、筆者の責務ではないかという気持ちになっています。すなわち、 ・・・ログインして読む
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筆者

長瀧重信

長瀧重信(ながたき・しげのぶ) 長崎大学名誉教授(放射線の健康影響)

長崎大学名誉教授。1932年生まれ。東京大学医学部卒業。東大大学院、米ハーバード大学などで学んだ後、東大医学部付属病院外来医長などを経て、長崎大学医学部教授(内科学第一教室)、放射線影響研究所理事長を務めた。長崎大学時代に被爆者の治療、調査にあたった経験を踏まえて、旧ソ連チェルノブイリ原発事故がもたらした健康被害の調査活動や東海村JCO臨界事故周辺住民の健康管理にかかわった。 【2016年11月12日、逝去】

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