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科学を食い物にするTPP著作権交渉

多角交渉・秘密交渉で犠牲になるのは非営利分野だ

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

拡大TPA法案に署名するオバマ大統領(手前)=6月29日、ワシントン、五十嵐大介撮影
 2年半前に日本が参加したTPPが大詰めを迎えている。

 私は2年前にTPP著作権交渉に対する懸念を書き(2013-7-15のWEBRONZA記事)、政府へのパブリックコメントにも投書した。それは、米国の主張する保護期間の延長と非親告罪化によって、研究成果の論文検索が難しくなり、科学者の活動を制限するというものだ。

著作権ゆえに、科学論文が「営利目的」に使われ始めている

 現に、米国の諸雑誌(学会誌・出版誌の両方)は、科学論文を商売、即ち利益を貪る手段としてみなしており、私の所属する米国地球物理学連合でも、過去の論文は、それがたとい50年前の論文であっても、PDF1本(大抵数ページ〜十数ページ、日本の文庫本になおしても50ページ以下)あたり5000円近い対価を要求するし、図書館がPDF化することを、著作権を盾に拒否している。著者が出版社に出版費用を支払う事実上の自費出版であるにもかかわらずだ。事情は他の雑誌も同様で、大抵30〜40ドルである。しかもオンライン定期購読だと、購読をやめた途端に購読期間の雑誌すらアクセスできなくなる。そして、この種の商売で利益を出している出版社は米国ばかりだ。

 これはどうみても科学を食い物にする「不当な商売」だ。過去論文、特に最新ニュースとしての価値のなくなった5年以上前の論文は、本来なら図書館で無料で読めるべき性質のもので、執筆者もそれを願っている。

 例えば私が米国の学会誌に論文を掲載する際に「著作権転移」に同意したのは、「米国の法律により著作権を管理しないと、将来に渡る論文の可視化が保障できないから」という説明を好意的に解釈したからで、決して過去論文の商売化に同意した訳ではない。しかし、現実には、私自身の論文ですら、現在の私の登録アドレスではダウンロードできない事態となっている。

 もちろん、総合大学や大きな研究所のように全部の雑誌を定期購読し続けることのできる組織であれば余り影響はあるまい。しかし、私が所属している国立研究所のような百人規模程度だとそこまでの予算はなく、環境保護や放射能汚染がらみのボランティアとなると1本の論文ですら高くて手が出せない。しかもオンライン化のすすむ21世紀に入って、科学雑誌の購読料は急騰を続け、研究所ですら毎年「今年はどの雑誌の購読をやめるか」が審議されているほどだ。

秘密交渉という非民主的手続きの罪

 米国の主張する保護期間の延長(著者死去から70年、実質的に執筆から120年以上)と非親告罪化は、この「過去論文の商売化」を更にすすめるものだ。それは現状では米国諸雑誌の利権を一方的に膨らませる。そして、現在までに分かっていることは、結果的に米国の主張を事実上丸呑みする方向でTPP秘密交渉が妥結しそうだということだ。

 これほど危険な交渉が進むTPPに、未だに科学者も、論文知識の必要なボランティアも懸念をほとんど表明していない。科学視点の世論が全く起こっていないのである。

 その最大の原因に、交渉過程が秘密だという非民主的手続きがある。なんせTPPの各項目の情報が出て来た時には合意間際なのだ。たとい日本政府が国益のために頑張ろうとも、交渉経過を発表できないため、国民世論を盛り上げてそれを背に交渉に臨むという「民主的武器」すら禁じられているのだ。

 大抵の人は何かの提案の意味を咀嚼(そしゃく)するのに時間がかかる。それが国民規模で伝播して議論が成熟するには年単位の時間が必要となる。そうして形成された世論を政策に反映するのが民主主義だ。逆に言えば、法案や条約案をイチャモンのつかないうちに可決するには、提案から可決・条約締結までをできるだけ短い期間で駆け抜けるのが効率的だ。

 現に、国会での議論を早々に打ち切って、さっさと採決すれば国民は75日後には忘れてしまう、という事例は少なくない。確かに効率的だ。そして、効率の一番高い政治形態が独裁であることは言うまでもない。そんな「独裁に近い交渉形態」が国際舞台で堂々と行なわれているのである。結果的に、日本が不利益を受けている気がしてならない。特定の国が得をしないのなら秘密にする必要はないからだ。

 私はTPPの秘密交渉のあり方が、憲法21条(情報統制の禁止)に觝触するのではないか、とすら感じている。米国政府から目の敵にされているウィキリークスがTPP情報に懸賞金を出しているのも頷ける。

多角交渉の落とし穴

 TPPの問題点はもう一つある。それは異なる分野の多角交渉だということだ。多角交渉で割を食うのは、 ・・・ログインして読む
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筆者

山内正敏

山内正敏(やまうち・まさとし) 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

スウェーデン国立スペース物理研究所研究員。1983年京都大学理学部卒、アラスカ大学地球物理研究所に留学、博士号取得。地球や惑星のプラズマ・電磁気現象(測定と解析)が専門。2001年にギランバレー症候群を発病し1年間入院。03年から仕事に復帰、現在もリハビリを続けながら9割程度の勤務をこなしている。キルナ市在住。

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