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科学者よ、新しい事実の前に「変節」をためらうな

パグウォッシュに核の「平和利用」で語ってほしかったこと

尾関章 科学ジャーナリスト

 核兵器にノーなのはわかる。では、核そのものをどうみているのか。ついつい、そんなふうに思ってしまう国際会議がある。核戦争のない世界をめざして科学者が集うパグウォッシュ会議だ。11月初め、長崎市で第61回世界大会が開かれた。日本での開催は、原爆投下から50年後の1995年と60年後の2005年に広島であったが、今回は特別の意義がある。2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故後初めて、開催地がその当事国に巡ってきたからだ。

拡大長崎市で開かれたパグウォッシュ会議=2015年11月1日、福岡亜純撮影

 核、すなわち原子力の「平和利用」に対して、どんなメッセージが発信されるのか。私の関心もそこにあった。最終日に出た「長崎宣言」は一つの段落をそっくり、このことに割いている。福島の事故は「原子力安全の重要性、また原子力技術に付随するリスクを封じ込めることの重要性を、私たちに思い起こさせました」としたうえで、今日の科学技術の急進展に触れて「そのことが究極的には人間性にまで影響を与えるという点に十分な注意を払わなければ、新たな危険が鎌首をもたげるかもしれません」と警告した。「科学者の社会的責任」が「かつてないほど重大なものになっています」とも言い添えている(引用は、日本パグウォッシュ会議サイトにある組織委員会の仮訳から)。

 ここからは、二つのことが読みとれる。一つには、パグウォッシュは平和利用そのものにノーと言わなかったことである。あくまで安全に主眼を置いていると言えるだろう。もう一つは、視野を原子力から科学技術の全領域に広げて、「新たな危険」の回避に向けた努力を促していることだ。このことは、会議のプログラムに「先端技術の難題と科学者の社会的責任」と題する作業部会が組み込まれ、話し合われるべきテーマとしてナノテクやロボットが挙がっていたことからもわかる。私は、後者の姿勢を高く評価する。だからこそ、前者でももう一歩踏み込んでほしかったと思うのだ。

 それは決して、原発に対するイエス、ノーを会議の総意として打ちだすべきだという話ではない。良心的な科学者たちが、過去半世紀の原子力開発史を総括して、現時点で原子力をどうとらえ直しているかを語ってほしかったということだ。

 この注文に対しては、パグウォッシュはそもそも原子力「平和利用」の会議ではないという反論があるだろう。第1回が1957年にカナダの小村パグウォッシュで開かれたとき、参加者の頭のなかにあったのは広島、長崎の被爆(1945年)であり、第五福竜丸の被曝(1954年)だったはずだ。1955年のラッセル・アインシュタイン宣言を踏まえて、核戦争の回避と核兵器の廃絶をめざした。「平和利用」は守備範囲外か、範囲内でもはずれのほうにあったと言ってよい。

 しかも、発足のころは「平和利用」に対する反対意見がほとんどなかったと思われる。1953年に米国のアイゼンハワー大統領が「平和のための原子力(アトムズ・フォア・ピース)」を呼びかけたときもそうだ。核兵器保有国の優位を保とうとする意図が見え隠れするが、一定程度に国際世論を味方につけた。直後の朝日新聞には「英紙論調 原爆恐怖の解消へ」など、欧米での好反応を伝える記事が載っている(1953年12月10日付朝刊)。科学者には、原子核のエネルギーを邪悪な兵器に使わせたことへの悔いの裏返しで、それを善いことに生かしたい、という思いが強かったようだ。

 国内でも1956年、政府に原子力委員会、科学技術庁という原子力開発の元締めが生まれる。国策化の動きには科学界に抵抗があったが、原子力開発そのものに否定論はほとんどなく、科学者の自律尊重で進めるべきだという立場からの批判が多かった。

 だから、パグウォッシュの原点では軍事核ノーと民生核イエスが併存していた。背景にある思想は、技術とは価値中立的な営みであり、問われているのは「悪用」か「善用」かの一点にあるという考え方ではなかったか。ところが、1960年代くらいから工業化による生態系破壊や健康被害が目立つようになり、技術は「善用」しても害をもたらすことがはっきりした。原子力発電についても、米スリーマイル島原発事故(1979年)、旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)、そして3・11の福島事故で、人々はそのことを痛感したのである。

 パグウォッシュ第1回の1950年代と、第61回の2010年代では、核の「平和利用」を取り巻く風景が一変したということだ。では、科学者の原子力観はどうなのか。そのことは、十分に議論に値すると思われる。見方は一人ひとりで異なるに違いないが、それが昔と同じなのか変わったのかを胸襟を開いて語り合えば、いくつかの方向性がすくいとれるだろう。そんなことが今回の「宣言」にも反映されればよかったと思うのである。

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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。1週1冊のブログ「本読みby chance」を開設中。

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