温暖化防止のパリ会議はその号砲だ
2015年11月11日
温暖化防止交渉は、相変わらず古い難問に足を取られている。削減負担の押し付け合いや南北対立、資金を誰が負担するか等の問題だ。しかし細部よりも大局を見る必要がある。世界中で進行する大きな議論を見ていると、これまでにない強い意志が感ぜられる。それは脱炭素と云う新文明を目指す意思だ。化石燃料から自然エネルギーへ。エネルギー大資本から地域主権へ。膨大な投資と成長のチャンス。脱炭素で持続成長を。これらをキーワードとして強い動きが始まっている。
パリ会議に向けた交渉では、各国の温室効果ガス(GHG)削減量(INDC)の誓約は現在までのところ、2100年の世界の平均気温を産業革命時点より2.7℃上昇させるとされている。2℃にはいまだ11-13ギガトン、1.5℃には14-16ギガトンの追加削減が必要になる。今回の交渉でそれが充足されなければ、各国の追加負担を促す新制度を設定することになるだろう。
しかし、COP交渉を「負担の交渉」と捉えるのは間違いだ。 「We Mean Business」と云う世界ビジネスを糾合する団体は、「温暖化抑止で大胆な行動を取ることは世界のビジネスにとって、最大の成長の機会だ」と論じている。この団体は今年7月ドイツでのG7会議で採用された脱炭素志向を働きかけた団体だ。 温暖化で人類が苦しむ世界で、持続成長などあり得ないという考えだ。啓蒙的なビジネスにとっては当然の結論だ。
カルデロン元メキシコ大統領の主宰する The New Climate Economy という国際的運動も温暖化問題を偉大な投資機会と捉えて、「グローバルな機会をつかみ取れ」という標語を掲げて啓発活動をしている。
温暖化防止への投資は負担ではない。政策支援があれば豊かな利益をもたらす。温暖化防止は大きなチャンスだ。むしろ積極的に対応しよう。こういう啓蒙思想が力をつけ、交渉に影響を与えている。COP交渉は次第に交渉官のレベルと飛び越えて文明論的になってきた。
この動きは「ネット・ゼロ」の思想への広範な支持に繋がっている。IPCCによれば減らすだけではダメなのだ。短期ごとに減らしてもなおさらダメだ。脱炭素の新文明を目指さなければ解決しないのだ。トヨタやVWがエンジン車の消える日を想定しているのは新文明の兆候だ。(村沢義久氏「エンジン車が消える日は近い:トヨタ、VWが大転換」など参照)
「ネットゼロ」の思想とは、IPCCの示唆に従い、2050年とか2080年までに、世界のCO2の排出をゼロにするだけでなく、空気中に残るCO2は、地中貯留か森林吸収力で中和するという政策のこと。どの国もネット・ゼロを目指すことになる。パリCOP交渉の草案にも関連する条文がある。
しかし、脱炭素を進めれば、すぐに大きな問題にぶつかる。それは「座礁資産」と呼ばれる問題だ。2℃目標を実現すると、座礁資産は巨大化する。それは世界的な信用リスクに影響する大きな問題だ。それを反映して最近重要な会議がオクスフォード大学で開かれた。しかし、だから温暖化防止行動を止めるという動きにはなっていない。なっていないどころか、その膨大な埋蔵資産を所有している当の石油大資本10社(但しエクソンやシェブロンは参加していない)は今年10月16日、すべての社長の連名で「2℃目標の実現に協力する」と述べた。エネルギー大資本側も危機や負担を機会と捉えようとしている。
座礁資産とは、2℃という目標を実現する場合、今後追加的に排出できるCO₂の量は一定量に制限される。その結果、地下に埋蔵されている多くの石油、ガス、石炭などの化石燃料は掘削・燃焼できなくなる。これをを、座礁資産(stranded assets)という。
このように、負担を機会と捉える傾向は、決してリベラル的な環境派の独占ではない。英国の保守系新聞であるテレグラフ紙はつい最近の紙面で、「パリの交渉は90兆ドルのエネルギー革命投資を起爆する」という記事を掲載した。記事は、2℃目標実現のために、炭素予算(排出できるCO₂)があと800ギガトンしか残っていないという科学の声を軽視するのは人類の運命を弄ぶことだと論じている。さらに、パリCOP以降は新しい大規模な投資ブームが起きる。それは2080年ごろにネット・ゼロを実現する長いプロセスの始まりだ。誰もこれを止めることは出来ないだろうと論じている。
どうやらこれが温暖化交渉の新しい方向性だ。負担ととるのではなく、良い政策を前提にしてネット・ゼロを目指す。そのために投資をし、全球的な成長戦略とする。投資機会だとすれば良い政策の下で率先して脱炭素化した方が賢明な国益だ。日本の一部ではこの交渉を経済戦争と見なし、負担の軽減をひたすら目指すのが国益だとしているが、大きな違いだ。
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