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近視眼化する現代社会

杭打ちデータ偽装、VW事件、新3本の矢:脳損傷者の症状に酷似する社会現象

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 前稿の『ノーベル賞連続受賞と大学ランキング急落』で次のように書いた。現代社会は空間的には均質化=グローバリズム、時間的には近視眼化と特徴づけられる。最近の日本の科学・教育の動向は、この「近視眼化」の最悪の例になりつつあるのでは、と。社会面や政治面のニュースでも「近視眼化」の事例を目にすることが多くなった。こうした傾向を心理学的・神経科学的に掘り下げてみたい。

一見バラバラのニュースに通底する、ある心理的な欠陥

 前稿では、日本人の相次ぐノーベル賞受賞、日本の大学の世界ランキング軒並み急降下、文科省の「教育人文系学部見直し=理系重視」などの一見矛盾して見えるニュースを採り上げた。そして「科学の花が咲くには時間がかかる。そう見ればバラバラのニュースのつじつまが合ってくる。最近の質低下の原因として、科学・教育政策の近視眼化/ショー化/ビジネス化が考えられる」と書いた。

 「近視眼化」の例はあちこちにある。むしろ社会全体がそうなって、ついに科学の世界にまで侵入して来たと見るべきだろう。近視眼化を前稿では「大きなツケを後に回してでも、現在の利益を最大化する」傾向と簡単に定義した。これに鑑みれば、クレジットカードが広まっているのも近視眼化の一例と言える(かつては一種の借金で「恥」とする傾向があったのに)。

杭打ち工事のデータ偽装について会見する旭化成建材の幹部=10月22日、東京・霞が関、遠藤啓生撮影

 例の「杭打ち工事のデータ偽装」にしてもそうだ。「明るみに出たら、顧客にも自社にも抜き差しならない大被害が及ぶ」。それは百も承知なのに、つい当面の納期に間に合わす目先の得を優先してしまった。ドイツのフォルクスワーゲン社による排ガスデータ偽装も、おおまかな心理機制は一緒だろう。

 一方、政治の世界でのポリュリズムも、ここへ来ていよいよあからさまになってきた。経済最優先をうたう新「三本の矢」にしても、「希望を生み出す」強い経済、「夢をつむぐ」子育て支援、「安心につながる」社会保障と、口当たりの良い「ウケ狙い」のフレーズばかり。そして「目指すは『一億総活躍』です」と新大臣まで創設して目先を変え、「中身があいまい」「効果に疑問」という批判を即効性の人気でかわしてしまった。安保法制や北朝鮮拉致問題など外交問題での対応を見ても、ブレのない国家百年の計をにらんだというよりは、手短に大衆受けを狙った「全方位ポピュリズム」の感は否めない。

近視眼化した世界では、素人が玄人に勝ってしまう

 すでに述べた通り、それ(近視眼化とポピュリズム)が科学・教育政策にまで及んできたことが問題だ。その象徴が理研小保方問題だった。本欄拙稿『小保方事件の背景に何があったか』(正)(続)で指摘した「ビジネス化」する科学の特徴は、(1)カネの利害で動く、(2)短期な成果主義、(3)メディアへの露出重視、の3つだ。

 上滑りなポピュリズムに歯止めをかける役回りの冷徹な科学技術が、いつの間にかその主役を演じさせられている。教育の現場でも、学生とメディア相手のポピュリズムがますます幅を効かせている。これが危機的でないはずはない。

 欧米の科学技術の世界でも(特に近未来と関わりの深い)ウェアラブルやビッグデータなどの分野は、とっくにデモ先行型のビジネススタイルに染まっている。つまりスポンサーをたぶらかす(?)ための派手なデモを実現することに研究資源(資金、労力)が割かれ、資金繰りの自転車操業に陥っている。そういうビジネススタイルのひとつの特徴は「素人が玄人に勝ってしまう」ことだ。

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