メルケル首相の決断の背後にあるプロテスタンティズム
2015年12月11日
ドイツに来て3ヶ月、いささか閉口しているのは若手研究者から「ドイツは福島が原因で脱原発を政治決定した。日本の原発はどうなっているのか」と聞かれることだ。やむなく、安倍政権の原発再稼働、経済力としての原発の海外輸出政策を説明する。「ただし、事故が起こっても誰も責任を取らないらしい」と言うと、彼らはあきれた顔と同時にあきらめに似た顔で首を振る。私もバツが悪い。
世界で最も影響力のある女性ともいわれるドイツのメルケル首相。彼女は政権与党・キリスト教民主同盟(CDU)の党首である。東西ドイツ統一を決断したコール元首相を支えてきた。旧東ドイツ出身。物理学の学位を持つ。
メルケルは連邦制改革、官僚主義の打破、科学研究の振興、エネルギー政策、財政建て直し、家族政策(少子化対策)、労働・市場政策、健康保険制度改革の8点を掲げ2005年、首相に選出された。10年が経ち、その政治手腕は今日の堅調な経済やイノベーション力などで高く評価されている。
日本とは対照的にメルケル首相は緊縮財政政策をとる。2015年に赤字国債の発行を停止し、財政均衡を実現した。2016年以降の国家予算について、赤字はGDPの0.35%を上限とするよう法制化した(日本の財政赤字はGDPの250%)。人口が減少する中、将来世代に負債を背負わせるのは、「倫理」に反するという哲学である。
一方、自分の主張を覆さざるを得なくなっても、それを巧妙にやってのける能力も卓越している。メルケル首相は、前政権の方針であった長期の原発稼働停止を、稼働延長へと転換した。しかし、2011年の福島原発事故を受けて、180度方針を変更した。この決定をドイツ国民は支持した。この15年間で電気料金は70%上がっているが、メルケル首相の意志を覆すには至っていない。
福島原発の事故を受けて、メルケル首相は図1にあるようにまずは原子力安全委員会に審議を要請した。が、その結論が事故前と同じであったことから委員会の回答は無価値と判断。すぐに、「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」を利害のない人材で組織した。科学技術界や宗教界の最高指導者、社会学者、政治学者、経済学者、実業界などから選ばれた委員は、公聴会を開きながら集中的な討議を重ねた(報告書訳文)。
その結果を受け、メルケル首相は「2022年までに国内17基すべての原発を閉鎖する」という方針を政治決断。新たなエネルギー政策へと舵を切った。1986年のチェルノブイリ事故による食料放射能汚染がドイツ全土で深刻であった背景もある。
ドイツの倫理委員会は、脱原発の重要な論拠として
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