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「2度C」はCOP21の前提

この目標の本当の意味を、日本人は特にわかっていない?

江守正多 国立環境研究所 地球環境研究センター副センター長

 パリで国連気候変動枠組条約の第21回締約国会議(COP21)が開催されており、2020年以降の国際的な気候変動対策の枠組みの合意を目指した議論が行われている。その報道や関連する情報が盛んにメディアで流れるようになった。しかし、ここで議論されていることの「本当の」意味が社会に伝わっているかはきわめて疑わしい気がする。

拡大COP21開幕。パリ同時テロの犠牲者に黙禱、11月30日。

 日本国内を対象としたみずほ情報総研の調査によれば、「これまでの世界の取組で温暖化の影響を抑制できる」という記述に対して、「非常にそう思う」「ややそう思う」が合わせて2割程度であった。「あまりそう思わない」を合わせると過半数を超える。

 詳しくは後で述べるが、筆者の認識では、これは間髪入れずに「まったくそう思わない」を選ばなくてはいけない問だ。この調査から、日本人の過半数は、気候変動問題のスケール感を理解できていないことが想像できる(さらに約2割は「わからない」を選んだ)。

温暖化は止まってくれるのか? 

 また、世界約100地域で今年6月に行われた「世界市民会議」(World Wide Views)という対話型世論調査では、「気候変動対策は生活の質を脅かす」と答えた日本人回答者は6割で、世界平均の3割弱を大きく上回った。この結果を見て、多くの市民と対話した経験も踏まえた筆者の想像では、多くの日本人は地球温暖化対策に「節約」や「我慢」や「辛抱」のイメージを持っているのではないかと思う。そして、みずほ情報総研の調査と併せて見ると、「これだけ節約しているのだから温暖化は止まってくれるだろう」「今はまだ足りないが、もう少し我慢すれば温暖化は止まるのではないか」といった感じで問題を捉えている人が多いと想像する。

 これは、環境保護運動において「一人ひとりの取組」が強調されてきたことに対する、いってみれば「正しい」反応かもしれないし、日本人の国民性による部分もあるかもしれない。しかし、これまでは環境保護が国民に広まる過程でそのようなメッセージが重要な役割を果たしてきたかもしれないが、そろそろ国民の認識がそこから脱皮する必要性を筆者は感じている。

「+2度C」目標の意味 残りは1度C?

 そこで、現在COP21に注目が集まっていることがその脱皮のきっかけとなることを期待しつつ、COP21で前提とされている「+2度」という目標の意味についてよく考えてみたい。これは、世界平均気温の上昇を産業化以前を基準に「+2度」以内に抑えるという目標である(「+2度」未満、ともいうが、実質的な意味は変わらない)。

 国際合意としての「+2度」目標は、2010年にメキシコのカンクンで行われたCOP16の合意で以下のように位置づけられた(前年のコペンハーゲンでのCOP15でも言及されたが合意文書が採択に至らなかった)。

  《産業化以前からの世界平均気温の上昇を2度以内に収める観点から、温室効果ガス排出量の大幅削減の必要性を認識する》

 この目標は、その後のCOPやG7サミット等でも繰り返し確認されている。

 気候変動により深刻な影響を受ける小島嶼国等はさらに厳しい「+1.5度」以内を目標にすることを求めているが、国際社会はこれに配慮しつつも、「+2度」の方を「より実現可能性が高い」目標(十分に高いかどうかは別だが)として支持しているようだ。

 WMO(世界気象機関)によれば、世界平均気温は既に今年の時点で「+1度」に到達したので、「+2度」を超えてしまうまで残り1度ということになる。

 本稿では、「+2度」が目指すに値する目標であること、しかしそれはとてつもないスケールの目標であること、それでもその達成を諦める必要は無いことを、順に説明したい。

「+2度」は、科学的、社会的、政治的な数字

 まず、なぜ世界平均気温の上昇を「+2度」以内に抑えるべきなのか?

 「+2度」を超えると危険な影響が生じるとIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書に書いてあるからだ、という説明を聞くことがあるが、それは違う。IPCC報告書には、何℃の気温上昇でどんな影響があるかは書いてあるが(それも不確かさが大きい)、どんな影響が「危険」(避けるべき)かは社会の判断であり、科学だけでは決められないという立場を明確にしている。

 見方によっては、「+2度」以内は厳しすぎる。後で述べるが、現時点で見通せる社会や技術を前提にすると「+2度」以内に抑えるための対策費用は非常に高くなり、それによって回避できる気候変動の悪影響と比べても世界全体で経済的に見合わないという見方がある。

 しかし、別の見方をすると、「+2度」以内は緩すぎる。現時点でも既に、サンゴ礁の白化や死滅が起きている。北極圏に住むイヌイットの人々は氷が減って伝統的な文化を営めなくなってきている。そのような取り返しのつかない変化が、一部ではすでに起きている。しかも、先進国や新興国が排出した温室効果ガスが原因で、ほとんど温室効果ガスを排出していない貧しい国の人たちが深刻な被害を受ける傾向がある。これは著しい不正義であり、ただちに是正すべきだという見方がある。

 このどちらかの見方が正しく、どちらかが間違っているというわけではなく、これは価値判断ないしは倫理観の問題である(規範倫理学について少しご存じであれば、前者が「功利主義」、後者が「義務論」に近いことをおわかりいただけるかもしれない)。

 したがって「+2度」は、科学的な知見を参考にしながらも、何らかの意味で社会的、政治的に判断されて合意された数字だと理解するのがよいだろう。

増加するリスク、大規模融氷のスイッチを入れる

 気候変動のリスクについてはもう少し補足しておきたい。

 まず、科学的にまだまだ不確かなことがある。たとえば、世界平均気温上昇がある「臨界点」を超えると、グリーンランドの氷が融けるのが止まらなくなると考えられる。 ・・・ログインして読む
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筆者

江守正多

江守正多(えもり・せいた) 国立環境研究所 地球環境研究センター副センター長

1970年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1997年に国立環境研究所に入所し、気候変動リスク評価研究室長などを経て現職。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書主執筆者。2012年に日本気象学会堀内賞受賞。著書に「異常気象と人類の選択」等。

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