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健忘症化する現代社会

簡単に検索できる時代がもたらす人間の脳への致命的悪影響

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 去年もいろいろあった。特徴的だったのは同じ流れの事件が続いたことだ。たとえばイスラム国による日本人ジャーナリスト殺害からはじまり、11月パリで同時多発テロ、12月米国カリフォルニア州で銃乱射事件など、テロ事件に終始した。また食品の偽装問題が建築関係に飛び火し、杭打ち工事や免震ゴムなどのデータ偽装が次々に明るみに出た。大阪寝屋川の少年少女殺害事件をはじめ未成年への誘拐、殺人が続き、また逆に未成年による凶悪犯罪も相次いだ。警察官や教員の不祥事も相変わらずで、芋づる式に報道された。

 似た事件が立て続けに起きるので、記憶が混乱している。前の事件の詳細が思いだせない。筆者の寄る年波のせいと思っていたが、ネット上で去年の重大事件を調べ直しているうちに、別の要因に気づいた。

 「検索すればいつでも出て来る」安心感が、忘却を促す。忘れること自体に「慣れっこになってしまう」。どんなに衝撃的な事件でも、深い分析が必要な不祥事でも、不感症になって思考が麻痺したままになっている。

 そして「健忘症化する現代社会」というキーワードが浮かんできた。

安保法制反対運動の一過性

 ニュースを見聞きする側だけではなく主体の側にも、「健忘症」は蔓延(まんえん)している。今年その最たるものは、安保法制に対する反対運動だろう。若い世代の反対運動(シールズ)が盛り上がり、8〜9月の国会審議中は数万人規模で国会を取り囲む熱気を見せたが、残念ながら一過性のものだったらしい。

安保関連法案への国会前での抗議集会=2015年9月18日夜、関田航撮影

 関連法が成立してからがある意味本当の勝負のはずだが、潮が引くように反対運動は冷めてしまった。もちろんコアの活動家は今も地道に活動しているのだろうが、その他大勢の若者たちはどこへ行ってしまったのか。

 実際この点を捉えた批判もある。今回の経緯や争点(たとえば政府による「集団防衛権行使の3要件」の中身)を、参加した若者たちはほとんど知らなかったらしい(産経ニュース10月22日付、高橋昌之氏のリポート)。「3要件って何?」と逆に聞き返されたという。

 これは反対運動を批判する政治的立場から書かれたリポートだが、現実感覚として筆者はこれを信じる。しかしだからと言って賛成派が正しく、反対派が浅薄だという結論にはならない。右翼のデモ(たとえば日本での嫌韓デモや欧米での移民排斥運動)にしても、実情は同じだろう。

 つまり思想の左右が問題なのではなく、現代人特有の「熱しやすく冷めやすい」「すぐに忘れて次の刺激に反応する」特性が、若者で顕著にあらわれただけと見たい。さらに言えば政権の強引なやり口も、最初からそれをアテ込んだ確信犯だったのかも知れない。

健忘症化する現代社会〜熱しやすさと冷めやすさ

 現代社会は「健忘症的」だと改めて感じる。ビッグデータの時代になり、 外部記憶装置(パソコンやインターネットなど)がこれだけ進んでいるのに、そんな馬鹿な、と言う人がいるかもしれない。だが、進んだからこそ、この事態が起きている。

 「健忘症」は半ば日常語として使われるが、元来は

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