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入学試験の成績は信頼できない?

米国における天文学分野の優秀な若手研究者の調査結果

須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)

 1月末からいよいよ本格的な入学試験シーズンとなる。日本では形式的な公平性が過度に重視される結果、必要以上に多くの試験が行われているのみならず、細かい採点基準のもとでの1点の差に過度に敏感な社会が出来上がっている。この現状に対して私は繰り返し疑問を呈してきたが、最近米国の若手天文学研究者のキャリアと大学院入学時点での成績に関する興味深い調査結果を知った。これはまさに、かねてよりの私の印象を裏付ける結果であったので、以下紹介してみたい(ちなみにその調査結果=E.M.Levesque, R.Bezanson, and G.R.Tremblay “Physics GRE Scores of Prize Postdoctral Fellows in Astronomy”=は、アメリカ天文学会会長が天文学・宇宙物理学に関する博士号を授与している大学の学科長に対して提出した公開書簡の基礎データにもなっており、天文学研究者の論文を回覧するサイトから誰でも自由に読むことができる )。

 米国とカナダの大学院出願時には、GRE(Graduate Record Examination)と呼ばれる一種の共通試験の成績を送る必要がある。GREには、文章力、英語力、数的考察力を問う総合テストと、専門的知識を問う分野別テストがある。物理学や天文学を志望する場合には、物理分野のテストであるPhysics GRE(以下、PGRE)の成績がほぼ必須である。いわゆる有名大学の場合、合格するにはこのPGREで高得点をとることが必要とされ、そもそも高い足切り点を課しているところも多いらしい。

 今回の調査は、この試験の成績が、天文学・宇宙物理学を専攻した大学院学生の将来の成功度をどの程度予想できるのか、その信頼度の検証を試みたものだ。むろん、「成功」とは何かを定義することは難しい。そこで今回は、学位取得後、良く知られた冠つきのポスドク(博士研究員)職を得た人たちだけを対象とした。日本では、ポスドク=博士号をとったにもかかわらず就職できない人のための短期的職、という誤ったイメージがつきまとっている感がある。しかし外国では、学位取得後、異なる研究機関で3年間程度のポスドクを、2回程度経験した後で、テニュアトラック(終身雇用権を得る資格のある5年間程度の任期つき)の助教授となり、問題がなければ終身雇用権を持つ准教授、さらに教授と昇進するのが普通である。このようにポスドクは研究者としても正式なキャリアパスに埋め込まれており、それを経験せずに大学教員になることはあり得ない。

 将来より良い職を得るために、権威のあるポスドクの職を目指すのは当然だ。このために、天文学分野では、ハッブル、アインシュタイン、セーガン、などの名前を冠する有名なポスドク職が複数存在する。それをとりあえず「成功」とみなそうというわけだ(異論があるのを承知の上で、これは単なる一つの指標にしか過ぎないとの説明が長々と付け加えられている)。

 それはともかく、今回は2010年から2015年にこれらのポスドク職についた271名に電子メールでアンケートをお願いし、64%にあたる173名から回答を得た。そのなかでPGREの成績を回答してくれた149名を対象として解析を行った。

図1 回答者の得点分布

 当然、この「成功」したクラスは、入学時点での成績の上位層に集中しているものと予想されよう。しかし、図1に示す得点分布はその単純な予想とはかなり違っている。実に3割程度が、入学時の試験成績は平均以下だった。さらにこの平均以下の成績の人数の割合は、男性なら2割であるが、女性の場合なんと4割を超える(ちなみに、このアンケートでは性別を聞く項目は、完全な任意回答と明記された上で、「自分がどの性別であると認識しているか= I identify my gender as」 という記述になっている点も参考になる)。

 これは実に興味深い。日本に限らず国際的に、女性は数学や物理に向いていないという偏見は根強い。図1はその真偽とは無関係に、仮に大学院入学時の物理の成績が平均値以上であるべしという条件を課していたとしたら、その後有望な天文学者となる女性の4割(男性の場合でも2割)を失っていたことを意味するからである。

図2 成績別の論文数分布

 さらにより広く用いられる若手研究者の業績の指標は、研究論文数、特に自分が筆頭著者となっている論文数である。図2に、

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