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サムソン電子のハイテク労災問題のその後

発生からすでに9年、遠い完全解決への道

吉田文和 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

 韓国のサムスン電子は、スマートフォン、高画質テレビ、半導体製造で知られ、韓国のGDPの20%を稼ぐといわれてきた。その半導体製造の工場で発生した白血病問題について、WEBRONZA(2014年5月27日付)で報告したが、その後について述べたい。完全解決への道は遠い。

発生9年、やっと災害予防対策で合意

 今年に入り、1月12日にサムスン電子とサムスン職業病家族対策委員会、半導体労働者の健康と人権を守る団体(SHARPS,韓国語でパリノム)が、サムスン半導体事業場の災害予防対策で合意した。サムスン電子白血病問題に関する3つの課題、(1)謝罪、(2)補償、(3)災害予防策、のなかの1つが妥結した。

日本の半導体工場の内部。工場ではクリーンな空気が求められる。拡大日本の半導体工場の内部。工場ではクリーンな空気が求められる。
 この問題が発生してからすでに9年近くかかっている。職業病を予防するためのオンブズマン委員会を設立して、内部災害管理システムを強化する合意書に署名したのである。

 サムスン電子は半導体部門の責任者であるクオン・オヒョン副会長が公開謝罪し、謝罪書簡を送り、補償申請した139人中81人に対して補償金支給を終えたという。しかし、残りの被害者と家族はこれを拒否しながら、サムスン電子がより誠意のある姿勢で協議することを要求してきた(『韓国日報』社説、2016年1月13日付、李秀チョル氏の訳による)。

半導体工場で勤務、卵巣のがん

 なお、これとは別に、「卵巣癌(がん)で死亡したサムスン半導体労働者に初の労災認定」が1月29日に下された。ソウル行政裁判所行政2部(裁判長パク・ヨンウク)は、卵巣癌で亡くなったサムスン半導体の女性労働者の父親が勤労福祉公団を相手に起こした遺族給付および葬儀費用不支給処分取消訴訟で、原告勝訴の判決をした。

 1993年に17歳でサムスン電子に入社し、半導体事業部温陽(オンヤン)事業場で6年2カ月間勤めたが、1999年6月に嘔吐と腹部膨張などによる健康不安で会社を辞めた。そして翌年24歳だった当時、卵巣の境界性腫瘍(しゅよう)という診断を受け、2012年に36歳の時に卵巣癌に転移して亡くなった。父親は勤労福祉公団に対し遺族給付と葬儀費用を請求したのである(『ハンギョレ新聞』2016年1月29日)。

 裁判所は、半導体工程で使われたエポキシ樹脂接着剤EN-4065,8351Cに注目した。前者には発癌性物質であるホルムアルデヒドと生殖毒性物質フェノールの化学物質が含まれる。8351Cの構成成分にも毒性物質があるという(聯合ニュース2016年1月29日)。

日本の学会誌が取り上げ、進展

 この間、サムスン電子白血病問題についての大きな前進は、日本の学会誌である『産業衛生学会雑誌』第57巻第5号、2015年(244-252頁)に、熊谷信二・産業医科大学准教授らによる「韓国の半導体製造労働者におけるリンパ造血系がんの発生」が掲載されたことである。熊谷氏は、日本の印刷会社の元従業員に有機溶剤が原因と思われる胆管がんが高い率で発生していることを初めて明らかにしている研究者である。

 『産業衛生学会雑誌』の論文は、韓国の医師・研究者の論文(英文)と韓国ソウル高等法院の判決、被害者支援団体SHARPSが把握している被害者の資料(韓国語)に基づく詳細な解説である。

 2014年10月末時点で、SHARPSに情報が寄せられているサムスン電子における悪性腫瘍患者は189人(内84人死亡)、そのうち143人(内62人死亡)が半導体製造関連であるという。白血病、悪性リンパ腫、再生不良性貧血などのリンパ造血系疾患が多いが、脳腫瘍、乳がん、卵巣がん、肺がんなども含まれている。

有機溶剤やX線への曝露か?

 半導体製造工程は、「ウエハー加工」の前工程と「製品組立」の「後工程」にわかれる。前工程では、拡散、フォトリソグラフィ、エッチング、ドーピング、蒸着、平滑化などを経て、ヒ素などの多様な有毒化学物質を使い、洗浄工程では有機溶剤を使い、X線なども発生する。工程は全てクリーンルーム内で行われるが、製造工程で使用したガス・化学物質は、フィルターで除去できないため、クリーンルーム内に蓄積されることになる。

 サムスン電子は、キフン事業所とオンヤン事業所で半導体製造を行っており、前者は1984年からウエハー加工工場で24000人が働き(2008年現在)、後者は1991年から製品組立工場で6200人が働いている。オペレータは女性が多く、エンジニアは男性が多い。

 延世大学のKim.Iらは、サムスングループで勤務し、リンパ造血系がんを発症した労働者に関する情報をSHARPSから入手し、報告している。サムスン電子のキフン事業所での勤務歴が確認されている白血病患者13人、非ホジキンリンパ腫患者4人、計17人の職歴及び病歴の調査を行い、報告している(表1参照)。

 多くがエッチング工程、洗浄工程などでの有機溶剤など化学物質への曝露とX線などへの曝露の可能性が高い。 ・・・ログインして読む
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筆者

吉田文和

吉田文和(よしだ・ふみかず) 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

1950年生まれ、兵庫県出身、京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。北海道大学大学院経済学研究科教授を経て2015年から現職。北大名誉教授。専門は、環境経済学、産業技術論、主著『ハイテク汚染』岩波新書、『環境経済学講義』岩波書店、最近は低炭素経済と再生可能エネルギーの普及に関心を持つ。札幌郊外の野幌原始林の近くに住み、自然観察と散歩を趣味とする。

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