有権者心理の「核」にある「情動」を見逃すな
2016年02月26日
米大統領選の混迷が深まっている。「暴言王」ドナルド・トランプ候補(共和党)と、「民主社会主義者」バーニー・サンダース候補(民主党)がここまで健闘するとは、誰も予想できなかった。何かこれまでとは違うことが起きているらしい。大統領選のヤマ場、スーパーチューズデーを前に、有権者の心理の深層に何があるのか、それが今後にどう作用するのか、見通しを示しておきたい。
現時点までに出た前哨戦の結果は次の通り。
共和党では当初「単なるジョーク」と言われたトランプが、主流派候補のクルーニーやルビオらに3勝1敗。不確定要素はまだあるが優位を拡大する勢いだ。その陰で当初本命のひとりだったブッシュは「涙の撤退」を余儀なくされた。
他方民主党ではヒラリー・クリントンがサンダースに対して2勝1敗。しかし当初泡沫(ほうまつ)扱いだった(党員ですらない)サンダースが各州で猛追し、ヒラリーは防戦に追われている。
分析はいろいろ出ている。ここまで左右のポピュリストを勝たせたのは有権者の「既成政治への怒り」、それが「アンチワシントン代表への支持」につながった。このあたりが主流意見で、外れではないと思う(朝日デジタル2月11日、 ニューズウィーク日本版2月16日など)。
確かにサンダースの善戦は、欧州の左派若者の反体制運動や米国の「占拠デモ」(ウォール街)の延長上にある。同時にサンダースの過去の政治実績を見ると、案外現実的だという見方もある。一方「暴言トランプ」は超保守派の装いだが、その正体は「タカ派に見せかけた孤立主義」なのかも知れない(ニューズウィーク日本版同上、冷泉彰彦氏の分析)。
これらの分析はいずれももっともだが、どこかモノ足らない。左右両極で反主流派候補が健闘している原因を、捉えようとはしている。だが、あえて言えば「有権者の心理の深層に届いていない」。
CNNの報道では、アイオワ州での出口調査で「政治家として人間的に信頼できるか?」という問いに対し、ヒラリーには11%、サンダースにはなんと80%がイエスと答えたという(ニューズウィーク日本版、2月2日)。NY在住の高校生に筆者もこの話題を振ってみたが、「その通り、サンダースは信用できるから良い」と返ってきた。
一方米メディアが報道するトランプ支持の理由を見ても、「(既存の政治家が言えないことを)本音ではっきり言ってくれる」という信頼感が根底にある。
「人間として信用できるか」「本音で言っているか」「ブレが無いか」。ここらあたりに、今回の異常事態の起爆剤となった有権者心理の核があると筆者は見る。実際ヒラリーは今回も私的メール問題などで、有権者の信用を落としている。
何の予備知識もなく候補者の顔の印象だけから、選挙結果を7割も予測できた。そんな研究結果を紹介したことがある(本欄拙稿『投票行動における直感の役割』)。もう3年以上も前になるので、要点を引用しよう。
心理学者トドロフ(Todorov, A.)らは(中略)「ショッキングな」結果を報告している。米国の上下院選挙など重要な選挙の結果でさえ、候補者の顔写真の印象だけからかなり予測できるというのだ(2005年、サイエンス誌)。
彼らは他州の上下院選挙の候補者の写真を2枚ずつ示し、被験者にどちらが「有能そうか」など人格特性を判断させた。被験者は候補者の経歴や所属政党、信条について一切知らず、選挙の結果ももちろん知らなかった。それでも3回の上院議員選挙を平均すれば72%、2回の下院議員選挙を平均すれば67%の確率で、被験者の選択は実際の当選者と一致した。
「投票は論理的で分析的な思考による」という常識に反して、一瞬の情動的、直感的な印象が作用することがわかる。この研究で注目すべきは、顔写真をそれぞれ1秒ずつしか見せていないことだ。0.1秒で足りるというデータすらある。つまり素早い反射的な判断が働く。
もともと脳には、直感的に判断する系と、じっくり客観的に分析する系とがある。この直感系の方は素早いが、だからといって「コロコロ変わる」わけではない。状況や
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