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ゴーマニズム放射線論へ4年遅れの反論

福島の女性を「『騙して安心させよう』としているだけだ」と書いた小林よしのりさんへ

高橋真理子 朝日新聞 科学コーディネーター

 福島原発事故からまもなく5年だ。ほぼ1年後の2012年4月17日付朝日新聞朝刊「記者有論」に、私は「女性と放射線 心配しすぎる必要はない」というコラムを書いた。この記事に対し、小林よしのり氏が『脱原発論』という単行本(12年8月発行)で「朝日のこのコラムは、『騙して安心させよう』としているだけだ」と書いた。それを知ったのは、発行からかなり経ってからだった。遅ればせの反論をいま試みる。

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 このコラムを書こうと思ったのは、テレビで福島の女子高生が「将来、結婚できないかもしれない」と言うのを見たからだった。事故が起きた当初にそうした不安が広がったにせよ、1年たってもまだそれが当たり前の不安として語られていることにショックを受けた。コラムにも書いたように「いても立ってもいられない気分」になった。

 なぜなら、それまで集めた情報と福島で積み上がった放射線の測定データを突き合わせれば、福島原発事故で遺伝的影響を心配する必要はないと私は結論づけていたからだ。むろん、情報にもデータにも不確実性はある。このことをもって「安全とはいえない」と主張する人が大勢いることも承知していた。しかし、人間が対象の科学では、人間を実験材料に使うことはできず、確実さという点で限界があるのは宿命だ。そのもとで、私たちは日常生活に必要な判断を下していかなければならない。事故後に懸命に放射線の健康影響について取材した私は、「事故当時に福島に住んでいた人とそうでない人で、出産に関して違いはない」という結論に至っていた。だから、それを何としても福島の女子高生に伝えたいと思った。

 根拠となるのは広島・長崎の調査結果だけではない。小児がんにかかり、放射線治療を受けて良くなった子どもが長じて出産する例を調べたデンマークの調査もあった。そうした元がん患者の子と、兄弟姉妹でがんにならなかった人の子の染色体異常を比べて違いがなかった。福島で測定された放射線量は、がん患者が治療で受ける放射線量に比べ、けた違いに低い。

 こうした情報を紹介したコラムを、小林氏は「データの扱いはずさんそのもの」「目的のために都合のいいデータを探してくるのはジャーナリストの仕事ではない」などと批判した。

 「ずさん」とした主な理由は、国際放射線防護委員会(ICRP)のデータを援用したことにあるらしい。小林氏は、肥田舜太郎氏の著書『内部被爆』の内容を紹介し、一方でICRPを「原子力業界御用団体」と切って捨てている。だが、それこそ虚心坦懐にデータを見ることをしない、偏った姿勢なのではないだろうか。ICRPに対し批判があるのは重々承知しているが、そこがまとめたデータとほかの団体がまとめたデータを比較検討し、私はICRPを参考にすべきだと考えたのである。

 小林氏は以下のように書く。「確率は高くはないかもしれないが、リスクはゼロではない。個人差も大きい」「その事実は事実として伝え、覚悟を促し、そして何かがあった場合、本人に責任は一切なく、国と東電が負うべきだとはっきりさせておく。本当に福島の女性のことを考え、偏見を防ごうとすれば、そうするしかないではないか」

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筆者

高橋真理子

高橋真理子(たかはし・まりこ) 朝日新聞 科学コーディネーター

朝日新聞 科学コーディネーター。1979年朝日新聞入社、「科学朝日」編集部員や論説委員(科学技術、医療担当)、科学部次長、科学エディター(部長)などを務める。著書に『重力波 発見!』『最新 子宮頸がん予防――ワクチンと検診の正しい受け方』、共著書に『村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか?』『独創技術たちの苦闘』『生かされなかった教訓-巨大地震が原発を襲った』など、訳書に『ノーベル賞を獲った男』(共訳)、『量子力学の基本原理 なぜ常識と相容れないのか』。

 

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