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食べた物質の直接作用でがんになる証拠をつかんだ

高脂肪食は肥満や糖尿病だけでなく、がん発症の大きなリスクファクターだ

佐藤匠徳 生命科学者、ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクト研究総括

 高脂肪食が肥満や糖尿病などの代謝疾患、またそれらにともなう脳卒中、心臓疾患といった循環器系疾患の原因であることはよく知られている。一方、がん発症の大きなリスクファクターになっていることは意外と知られていない。例えば、脂っこい食べ物が好きで糖尿病を患っている患者さんは直腸・結腸がんを発症する頻度が高くなる。しかし、このような直腸・結腸がんが体の代謝異常によるのか、あるいは食物の中にある物質の腸への直接の作用の結果なのかについては不明だった。

 今年3月に、米国MIT/ハーバード大学の研究グループにより発表された研究成果(Nature, vol. 531, 53-58, 2016)によると、これは腸の「幹細胞」や「腸上皮細胞を作る前駆細胞」に特定の物質が直接作用する結果だと突き止められた。

 この発見は、健康志向の高まる現代社会において、改めて食習慣の重要性を指摘するものだ。また、社会における「幹細胞」への関心が高まる中、重要な意味を持つと筆者は考えるので、以下にその詳細をかみくだいて説明する。

幹細胞とがん

 「幹細胞」とはiPS細胞のように様々な細胞に分化できる能力を持った未分化状態の細胞で、我々の体のいたるところに存在する。これらの幹細胞は、必要に応じて必要とされている細胞へ分化し、我々の体を作る細胞を供給する(例えば、皮膚に存在する幹細胞は、皮膚が損傷した時には皮膚を再生するために分化し皮膚の細胞を供給する)。そして、分化と同時に幹細胞は、自己増殖し新たな未分化状態の幹細胞を作り、幹細胞が常に一定数存在するようになっている。

 我々の体内では、このように幹細胞の需要と供給のバランスが保たれている。しかし、このバランスが崩れ、幹細胞が異常に増え始めるとそれらはがん化し腫瘍を形成することが多々ある。これは、幹細胞とがん細胞が「未分化」「半永久的な増殖能」といった非常によく似た性質を持っているためだ。よって、「理論上は」幹細胞が一つでも未分化のまま異常に増殖し始めると腫瘍ができる可能性があるのだ。

腸内における幹細胞

 我々の腸は食物を消化し、栄養を吸収する器官である。内部の表面を埋め尽くす腸上皮細胞は、物理的な刺激や消化酵素などによる損傷を常に受けている。よって、その損傷を速やかに修復する必要があり、そのために腸内幹細胞の需要と供給のバランス調整が常に起こっている。

 そして、その需要と供給のバランスは精密に保たれている。

高脂肪食材の腸内幹細胞への直接作用

 脂っこい食べ物ばかり食べていては体に悪い、ということはよく知られている。そのせいで糖尿病になった人は、直腸・結腸がんになりやすいという臨床データもあることは最初に紹介した通りだ。肥満や糖尿病などの不具合が続くと、体の他の部分にも異常が起き、がんになると説明されれば「そうかもしれない」と納得されるかもしれない。

 しかし、今回の発見によると、 ・・・ログインして読む
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筆者

佐藤匠徳

佐藤匠徳(さとう・なるとく) 生命科学者、ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクト研究総括

(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)佐藤匠徳特別研究所 特別研究所長。独立行政法人 科学技術振興機構(JST)ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクト研究総括・米国コーネル大学教授・豪州センテナリー研究所教授(兼任)。1985年筑波大学生物学類卒業後、1988年米国ジョージタウン大学神経生物学専攻にてPh.D.取得。ハーバード大学医学部助教授、テキサス大学サウスウエスタン医科大学教授、コーネル大学医学部Joseph C. Hinsey Professorを歴任後、2009年に帰国、2014年まで奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)バイオサイエンス研究科教授。2014年7月にNAIST退職後、2014年8月1日より現職。専門は、心血管系の分子生物学、ライブ予測制御学、組織再生工学。【2017年6月WEBRONZA退任】

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