大谷剛(おおたに・たけし) 兵庫県立大学名誉教授(動物学)
兵庫県立大学名誉教授、神戸女学院大学非常勤講師。1947年、福島県生まれ。東京農業大学卒業後、北大大学院に進み、(有)栗林自然写真研究所、(財)東京動物園協会を経て、兵庫県立人と自然の博物館と兵庫県立大学を2013年に定年退職。専門は昆虫行動学。『ミツバチ』(偕成社)、『昆虫のふしぎ─色と形のひみつ』(あかね書房)、『昆虫─大きくなれない擬態者たち』(農文協)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
ミツバチの行動研究から見出した社会性昆虫の分業
「私はしょせん働きバチさ」と言ったら、「働く以外能なし男」という意味か。「働きアリ」に替えても意味は同じである。2月23日付の天声人語に「働かない働きアリ」の話が載っていた。数年前に『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書2010)を出版した長谷川英祐さんらの最新の論文(2016イギリスのネイチャー誌)の紹介である。私たちは毎日何らかの仕事をしていて、それで生活しているので、目を引く話題である。私は長年ミツバチの行動を研究してきて、「社会性昆虫」(ハチもアリもこう呼ばれる)がどのように分業しているのかを観察してきたので、その分業の実態を少々紹介したい。
ミツバチが40日程度の寿命の中で 何日かごとに仕事を変えていくことは、アリストテレスの時代から知られていて、18世紀の盲目の養蜂家ユーベルはもちろん、ダーウィンも知っていたようだ。「齢差分業」と呼んでいるが、不思議なのは、人間ならば必ずいる「監督」や「指揮者」がまったく見当たらないことだった。人間だったら、仕事の発生状況を把握するマネージャーがいて、仕事をうまく振り分けて効率よく働かせる必要が出てきて、マネージャーの良し悪しが大きく左右することになる。そんな高度な客観性を伴う仕事は昆虫にはまったく向いていない。
私がミツバチを卒論のテーマにしたのは48年前。研究方法は1匹の行動に着目し、一挙手一投足をすべて記録するという「1個体追跡法」である。これは一刻も目が離せない、かなり過酷な方法だが、何とか継続していけるだけの面白さがあった。ミツバチの1個体は次々と他の個体と接触しながら、日々を暮らしていくのである。予期せぬ事件は次々と起こる。忙しいときはやたら忙しいが、暇な時はほとんど動かず、記録者の手は止まる。今度は眠気との戦いだ。
何日かごとに仕事を次々と変えていく「齢差分業」と聞けば、100人中99人は、一つの仕事が済んだら次の仕事に進むというストーリーを思い浮かべるだろう。ところが、実際に記録をとってみると、まったく違っていた。
ミツバチは