米国チームの日本人研究者が語る「大発見」が確定するまで
2016年04月11日
世紀の大ニュース「重力波初観測」は、2016年2月11日に発表された。重力波信号が米国の観測装置に届いたのは前年の9月14日だ。日本時間午後6時50分45秒、継続時間約0.2秒。5年がかりの改良工事を終えたばかりの観測装置は、15年9月12日にやるべきチェックをすべて済ませ、18日から正式観測を始めると決めたところだった。正式になる前の慣らし運転のとき、その信号は飛び込んできた。しかも、理論予想にピッタリ合う波形で。「ウソだろ?」が研究者の自然な反応だった。そこからどうやって「大発見」に至ったのか。米国チームの上級研究員(シニアサイエンティスト)河邊径太さん(48)の話を中心に、興奮と喜びへの道筋をたどってみる。
米国の観測装置は「LIGO(ライゴ)」と呼ばれる。Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory(レーザー干渉計重力波天文台)の頭文字をとったものだ。全米科学財団が主導してプロジェクトが始まり、94年から米国の北西端、ワシントン州ハンフォードとミシシッピ川がメキシコ湾に注ぐルイジアナ州のリビングストンの2カ所に長さ4キロのレーザー干渉計建設が始まった。装置は99年に完成し、2002年から第1期観測を始めて10年まで続けたが、重力波はキャッチできなかった。感度が足りなかったからだ。そこで、感度を上げる改良工事に取りかかったのだった。
重力波観測は、レーザー光線を縦と横、直角の2方向に進ませ、先端の鏡で反射させて戻ってきた2本の光線を干渉させ、2本が進んだ距離の違いを検出することで可能になる。問題は、重力波による違いはきわめて小さく、それよりはるかに大きな違いを地面の揺れや大気の揺れがもたらすことだ。それらの「雑音」をハードとソフトの両面から減らしていくのが、感度を上げることになる。それには21世紀の最先端技術が必要だった。
2月11日の記者会見によると、今回の重力波はまずリビングストンに、7ミリ秒遅れてハンフォードに到着した。
発生源は、地球から約13億光年離れたブラックホール同士の衝突・合体である。一方は太陽の約29倍の質量、もう一方は約36倍で、合体して約62倍のブラックホールになった。差し引き、太陽質量3倍分のエネルギーが重力波として宇宙に広がった。それが9月14日に地球に届いたわけだ。
二つのブラックホールはお互い猛スピードで回り合いながら距離を縮めていき、波の振幅が一番大きくなっているところでついに合体したのだという。
河邊さんは、東大で重力波の研究を始め、2004年にハンフォード観測所へ博士研究員(ポスドク)として赴任した。現在は上級研究員として検出器のハード面を担当する。
検出器に入ったデータは、まず自動データ解析システムに送られる。重力波の可能性ありとなったら、世界中に散らばっている研究者にメール配信される。河邊さんにももちろん届く。そのときは検出器に異常はなかったかを真っ先に調べなければならない。
9月14日に重力波がやってきたとき、ハンフォード観測所は真夜中だった。朝起きてからメールを見た河邊さんは「これは本当の信号であるはずがない」と思った。
思い浮かんだのは、2010年9月の「偽信号」だ。偽信号とは、重力波信号を検出してから発表するまでの全ての作業が予定通りに運ぶかどうかをチェックするためにわざと注入されるものだ。偽信号がありうることは多くの人が知っていたが、いつ注入したかを知るのは1000人を超える研究者の中の2,3人だけ。その人たちは誰に聞かれても秘密を厳守する。このときは、ほぼ半年かけて全員参加で検証し、「これは重力波に間違いない」となって論文まで書かれたが、最後の最後の会議で「実は偽信号」と明らかにされ、みんながっかりしたのだった。
だから、今回も偽信号に違いないと思い、観測所に出勤するや偽信号担当者に確かめた。「違う。実は、新装置では偽信号を入れる準備がまだできていないんだ」という答えだったが、これはウソをついているんだろうと思ったという。何しろ、秘密厳守が原則なのだから。次に、検出器の生データを見てみた。すると、ほとんど信号処理をしていないのにはっきり分かる波形が見えていた。「こんなにはっきりした信号が、こんなに早い段階で見えるのは、やっぱり話がうますぎる」。
この波形が
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