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大統領選挙と急進保守の将来

米国のエネルギー転換は進むのか?

西村六善 日本国際問題研究所客員研究員

 2016年の米大統領選挙は、硬直した保守党の将来を決める。そしてアメリカのエネルギー転換の成否も決める。それはパリ協定の将来にも関係する。うねりは最高裁の決定から始まった。今年2月9日、米国最高裁はオバマ政権がエネルギー転換政策の切り札としていた「クリーン電力計画」(CPP)を一時停止処分にした。最高裁のこの処分は米国の全ての関係者が全く予想していなかったもので、大きな驚きをもって迎えられた。

 その結果、オバマ政権のエネルギー転換政策と温暖化防止政策に大きなブレーキがかかり、パリ協定の将来にも暗雲を及ぼすと危惧された。(ただ、この一時的な手続き問題で、米国が低炭素に向かう大きな流れを阻害することはできない、とする議論も強い。)

一般教書演説をするオバマ大統領=2016年1月、ワシントン、ランハム裕子撮影 拡大一般教書演説をするオバマ大統領=2016年1月、ワシントン、ランハム裕子撮影
 さらに驚くべきことが起きた。2月13日、保守派の判事として有名であったスカリア判事が急死したのだ。 時あたかも、大統領選挙戦の最中である。憲法の規定に従い、オバマ大統領はメリック・ガーランド判事を任命した。彼は現在ワシントンDC控訴裁判所の首席判事で、中立的で極めて有能な裁判官として党派を超えて名声の高い人物だ。オバマ大統領は、国民各層が認める有力判事を任命した。オバマ大統領はこれにより今まで保守優勢であった最高裁をより中立化しようとしたのだ。

最高裁は驚くべき党派政治の場

 スカリア判事の死亡が報道されたほんの数時間後、共和党のマカノ上院院内総務は残り任期1年を切ったオバマ大統領が後任判事を任命することに反対する、と声明を発表した。彼は、次期大統領が指名するべきだと主張し、上院の同意を絶対に与えないし、必要な公聴会も開かないと強硬に主張した。

 マカノ院内総務は、オバマ大統領の政策を一貫して全面否定してきた政治家だ。どんな政策でも、ことの是非を問わず執拗な反対と攻撃を仕掛けてきた。だから、最高裁の後任判事の指名問題で徹底して反対するのは、不思議ではない。しかし、同氏にとってこの問題は実際に大問題なのだ。どうしてか?

 そもそも、米国の最高裁は、非常に党派的で政治的な制度である。日本とは根本的に違うのだ。定員9人の判事は保守とリベラルにきれいに色分けされているが、それは大統領が自分の政治哲学に基づいて任命するからだ。今回死亡したスカリア判事は、最も強硬な保守派の判事であったので、ここ数年は5対4で保守優位の構成だった。スカリア判事は在籍した30年間にわたり、最高裁の判断を保守派寄りに主導してきた判事として有名だった。(同判事の死去により、現時点ではロバーツ長官判事を含め4人が保守派、4人がリベラル派となっている。)

 この共和党優位の状況を、政治的に最大限に利用して来たのがマカノ院内総務であった。同氏は、関係者に訴訟提起を促し、特に三つの優先事項を最高裁で実現した。それは、選挙資金の規制緩和、労組の弱体化、ビジネスに友好的な法解釈の実現である。いずれもオバマ大統領に打撃を与え、民主党の勢力を衰退させ、共和党の基盤強化と政権奪還に強く関係する事項だ。

 選挙資金の緩和は、2010年の最高裁の判決で実現した。企業、組合、個人が、候補者とは独立にキャンぺ―ンを行うなら、政治献金の金額に全く制限がなくなった。この結果、政治行動委員会(Political Action Committee)という前代未聞の仕組みが編み出され、表向き特定候補者の応援でない限り、大量の資金を提供することが可能になった。これは明らかに大資本、ビジネス等の共和党支持層に非常に有利な仕組みだ。政治資金を提供することは、表現の自由と同義だから自由でなければならない、という産業界の強い主張に起因したものだ。

 労働法規の緩和も、同氏の最大の優先事項であった。共和党は、長年にわたり、民主党の支持母体である労働組合の弱体化に努めてきた。同氏は、その先頭に立ってきた。幾多の訴訟を通じて、労組を資金的にも組織的にも劇的に弱体化し、経営者側の立場を強化した。保守優位の最高裁がそれを実現してきた。

 2006年から現在まで、ロバーツ首席判事の下での最高裁は、歴史上、最も保守的でビジネスよりだという評価が定着している。ニューヨーク・タイムズ紙はすでに2013年、「現在の最高裁は、第2次世界大戦以降、最もビジネスに友好的な存在」と書いている。現在でも多数の論者が同じ問題を指摘している。2006年以来の最高裁判決で、最大の勝率を上げたのは全米商工会議所(US Chamber of Commerce)である。同会議所は、共和党への最強の支援母体である。同会議所は、アミカス・ブリーフ提出の数でも群を抜いている。アミカスブリーフ制度とは,裁判所に対して,当事者及び参加人以外の第三者が、事件の処理に有用な意見や資料を提出する制度である。ビジネスに有利な最高裁は、共和党への資金提供を拡大する必須条件だ。

マカノ院内総務の賭け

 このように、マカノ院内総務にとっては、最高裁が5対4で保守優勢であり続けることが、絶対に必要なのだ。だから、スカリア判事死亡の直後から、オバマ指名を断固拒絶すると言明したのだ。ビジネスに有利な判決を確保し、民主党の勢力を切り崩し、共和党への政治資金の流入を確保し、2016年の大統領選挙でも勝利するために、どうしても必要だと判断したのだ。

共和党の指名争いでトップを走るドナルド・トランプ氏=2016年2月、奥寺淳撮影拡大共和党の指名争いでトップを走るドナルド・トランプ氏=2016年2月、奥寺淳撮影

 しかし、この拒絶戦略には当然、大きな非難が巻き起こっている。上院は ・・・ログインして読む
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筆者

西村六善

西村六善(にしむら・むつよし) 日本国際問題研究所客員研究員

1940年札幌市生まれ。元外務省欧亜局長。99年の経済協力開発機構(OECD)大使時代より気候変動問題に関与、2005年気候変動担当大使、07年内閣官房参与(地球温暖化問題担当)などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。

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