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原子力損害賠償制度はどうあるべきか

「無限責任」と「有限責任」の議論を理念対立に終わらせないために

中村多美子 弁護士(家族法、「科学と法」)

 「夫の浮気相手を訴えて慰謝料をとりたいんです」という相談を受けて、「確かに慰謝料を認める判決は出ると思いますけど、相手に財産がなければ回収はできませんよ」と答えると、「え?」という顔をされることがしばしばある。法律上の責任を負うということと、実際に現金が支払われるということの間に隔たりがあることはあまり知られていない。

 実は、原子力災害における損害賠償のルールは少し事情が異なる。原子力発電事業が国策民営としてスタートしたときから、「事故の責任を負うべき個々の事業者といちいち裁判をする必要があり、しかもその経済力の範囲でしか賠償できないかもしれませんよ」という一般的なルールでは、原子力自体が社会に受け入れられない可能性があったため、特別なルールが導入された。それを今後も続けるかどうかが今、内閣府の専門部会で議論されている。今後の日本社会のあり方を左右する大事な議論だと思うので、そのエッセンスをかみくだいて紹介する。

 原子力事故における損害賠償の特別なルールとは、原子力事業者の無過失責任・責任集中・賠償措置の強制、の3つである。被害者は、原子力事業者の過失を証明する必要がない(無過失責任)。また被害者は、原子力事業者のみに請求すればよく、請求対象が明確である(責任集中)。そして、原子力災害は損害が巨額に及ぶ可能性があることから、原子力事業者には賠償のため一定の資金(1200億円)を準備しておくことが求められている(賠償措置の強制)。

 ところが、東京電力福島第一原発事故では、東京電力による仮払い及び本払いは、平成27年6月26日時点で総額5兆0,212億円に上っており、未だその総額が正確に見積もれていない状況となってしまった。

 現在の原子力損害賠償制度は、原子力損害の賠償に関する法律(いわゆる原賠法)と、原子力損害賠償補償契約に関する法律(いわゆる補償契約法)という二つの法律に加え、東京電力福島第一原発事故のあと、賠償を実際に行うために平成23年に成立した原子力損害賠償・廃炉等支援機構法(いわゆる機構法)がある。

 原子力損害賠償の仕組みは、なかなか複雑である。原子力産業協会シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」がよくまとまっているので、関心のある方は参照されたい。

拡大http://www.jaif.or.jp/ja/seisaku/genbai/mag/shosai02.pdf 丸数字は筆者による加筆
http://www.jaif.or.jp/ja/seisaku/genbai/mag/shosai02.pdf

 東京電力も、原子力保険プールによる損害賠償責任保険(①)に加え、政府補償契約(②)を締結していたが、今回の事故はそれらの賠償措置額をはるかに超えたため、③の「国の援助」(原賠法第16条)を実施するために機構法が立法された。

 なお、福島第一原発事故については、原賠法3条第1項ただし書きに規定される④の「異常に巨大な天災地変」には該当しないとされている。

 急ごしらえの機構法に基づく次のような「国の援助」スキームについて、機構法の附則で、近い将来抜本的に見直すこととなっていた。

 目下、最大の問題となっているのが、事業者の「無限責任」である。

 準備していた賠償資金をはるかに超える原子力災害が発生したとき、民間の原子力事業者の負担能力では対応しきれないことから、原子力事業者の責任を「有限責任」としようという案が検討されているのである。

 たとえば、交通事故の場合、責任ありと認められた加害者は被害の全額を賠償する義務(完全賠償)を負い、それは自分のもっているお金の額や自分の入っている保険の範囲に限定されない(無限責任)。現状、原子力事業者にも同じ無限責任が課されている。これに対し、あらかじめ決めた金額を上限として、相手に賠償すればそれ以上の責任は免除されますよ、というのが、「有限責任」なのである。

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筆者

中村多美子

中村多美子(なかむら・たみこ) 弁護士(家族法、「科学と法」)

弁護士(大分県弁護士会)。1989年京都大学農学部入学、翌年法学部に転入学。95年司法試験合格。京都大学博士(法学)。関心領域は、家族法や子どもの権利、そして「科学と法」。09年度から始まった科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センターの「不確実な科学的状況での法的意思決定」プロジェクト代表を務めた。日弁連家事法制委員会委員、大分県土地収用委員会会長、原 子力発電環境整備機構評議員。【2017年3月WEBRONZA退任】

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