わかりにくい測定単位を長年放置してしまった
2016年06月01日
放射線を測る単位はわかりにくい。そのわかりにくさが混乱に輪をかけた。現地支援に入った放射線安全フォーラム理事の多田順一郎氏は、国際放射線防護委員会(ICRP)が定めた「実効線量」が「すでに受けた放射線による健康リスクの目安と誤解されていること」が最大の問題だといい、それに加えて国際放射線単位・測定委員会(ICRU)が導入した「実用線量」の本質が正しく理解されていない問題も大きいと指摘した。日本の専門家として実用線量の本質的な意味を十分に議論しないできてしまったことを反省しているという。
世の中には多くの線量がある。「吸収線量」は「グレイ(Gy=1キログラムの物質が 放射線から受け取るエネルギーの量)」で表されるが、「実効線量」「等価線量」「周辺線量当量」「個人線量当量」「1センチメートル線量当量」(あとの三つは「実用線量」の仲間)などは、みんなシーベルトが単位である。これらの違いを理解しようとするだけで、普通は途中でうんざりしてしまう。
根底には、そもそも放射線にはさまざまな種類があるという問題がある。アルファー線、ベータ線、ガンマ線、X線および中性子線は、それぞれ性質も作用の仕方も異なっている。その線量を何とか一つの数値で表そうとしてきたのが、ICRPとICRUの歴史だった。
――線量とは何なのですか?
「放射線の作用で生じる影響を定量的に論じようとするときの、原因の大きさを示す量です。作用した放射線を示せばよいわけですが、 どのような種類の放射線粒子がどれだけのエネルギーをもってどの方向から来て、それが時間とともにどう変化するのか、といった情報をすべて知るのは現実には不可能なので、目的に応じてこれら無数の情報を一つの数字に丸めて線量としているわけです」
――目的とは ?
「いくつかありますが、その一つが健康を守ることです。その具体的な内容は時代とともに変化しました。1931年に世界初の許容線量の勧告が出たときは、X線による皮膚傷害 (やけど)を防ぐための基準でした。やがて、放射線科医などに血液の疾患が多くなると気づき、骨髄の造血組織を守るため許容線量が引き下げられました。その後、利用する放射線の種類が増え、種類によらずに共通に使える量としてICRUによって吸収線量が定義されました。1954年です」
――ICRPが最初の基本勧告を出したのは1958年ですね。以後、何度も改定して今に至っています。
「当時は大気圏内核実験による放射性降下物が世界にばら撒かれたので、集団が受ける遺伝的影響の指標である『遺伝線量』の制限を提案しました。その後、広島や長崎の調査で白血病やがんが少し増えたことが明らかになってくると、 組織や器官ごとの吸収線量に放射線の種類による作用の強さの違いを表す係数を掛け、さらに放射線によるがんの生じ易さと生じるがんの治りにくさを勘案した係数で重み付けをして、全身で足し合わせた量が放射線防護の基本線量として提案されました。これが現在の実効線量 と呼ばれるものです」
――実効線量は、ものすごく複雑な計算をしてようやく出るものだということは、私も福島原発事故の後、必死に情報を集める中で学びました。
「人の体の組織や器官ごとの吸収線量は、現実に測定することができませんので、実効線量も実測不可能なものです。しかし、これが放射線防護の基本の量なのです。そこで、実効線量の代わりに使える実測可能な『実用線量』を決めようと、1980年代にICRUが4種類(環境用に2種類、個人用に2種類)を提案しました。今思えば『あまりに凝りすぎた』手法でしたが、それに修正が加わり、今日の周辺線量当量(いわゆる『空間線量』)と個人線量当量(いわゆる『個人線量』)になりました。どちらも単位はシーベルトです。私を含めた日本の専門家たちは、ICRUの提案に対しどのように測定し評価するかばかりに気をとられ、実用線量とは何なのかという基本的な追求が疎かになり、本質的な意味をしばらく見抜けませんでした」
――実用線量の本質とは何なのですか?
「要するに、実効線量を近似的に測定するため、測定器の特性や較正方法の『手順』を規定したものなのです。ですから、実用線量で較正したサーベイメータで測定した結果は『放射線の強さは実効線量の近似値で毎時○○マイクロシーベルトだった』と言えばよく、ガラスバッジや電子ポケット線量計で測定した結果は『受けた実効線量の近似値は△△マイクロシーベルトだった』と言えばよかったのです」
――空間線量率と個人線量を区別する必要はなく、どちらも実効線量の近似値ととらえればよいと?
「はい、それぞれは別の方法で近似したものです。同じ場所で測定した空間線量と個人線量にずれがあることを問題にする方たちがいますが、
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