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ワシントンの機能不全を回復できるか?

2016年米国大統領選挙の真の意味とは

西村六善 日本国際問題研究所客員研究員

 7月19日から始まる共和党大会では、トランプ候補に反対する党員の反逆行動があるかもしれない。だが、同氏が結局、指名を受けたという前提で考えてみたい。

 これから11月の本選挙まで、クリントン氏との選挙戦が始まる。選挙の帰趨いかんにかかわらず、このトランプ現象は米国という国の将来、国論が大きく分裂している現状に大きな衝撃を与える可能性がある。それはなぜか?

小さな政府の呪縛

 アメリカが抱える多様な問題を一言で裁けないが、あえて単純化すると、米国保守が長年神聖視してきた「小さな政府」という思想に帰着する。「小さな政府」は、連邦政府の財政と権限を極小化するネオ・リベラリズム的な政策体系だ。政府の領域を最小化し、規制を廃止し、特に富裕層への大幅な減税を進め、財政赤字を拒絶し、福祉国家を敵視する。

経済政策について演説する共和党のトランプ氏。背後には、圧縮されたアルミ缶のブロックが積み上がっていた=2016年6月28日、米国ペンシルベニア州モネッセン、金成隆一撮影 拡大経済政策について演説する共和党のトランプ氏。背後には、圧縮されたアルミ缶のブロックが積み上がっていた=2016年6月28日、米国ペンシルベニア州モネッセン、金成隆一撮影
 ところで、「小さい政府」は「小さいセーフティー・ネット」だ。だから、貿易のグローバル化と移民の流入で、いとも簡単に職を奪われた高卒レベルの労働者への救済措置はほとんどない(1)。ロクな職業再訓練も受けられない。インフラへの公共事業で失業者を雇用するなどは、米国保守の流儀でない。保守本流と言われたクルーズ候補は、医療保険(オバマケア)を「直ちに廃止する」と断言していた。

 経済界との関係上、最低賃金も上げたくない。労組の権利は、保守に傾斜した最高裁によって大幅に弱体化させられた。大学の学費は非常に高額なので、せめて息子には良い将来を、と願う中間層以下の親には希望すらない。最近、アトランティック誌に、中流層でも「急な400ドルでも用立て出来ない」ことに羞恥心を感じている、という率直な意見が掲載され、大きな議論になった(2)。事実、白人貧困者の自殺の数も増えている。

ケニアの社会主義者への敵意

 2009年「ケニアの社会主義者」(保守派はオバマをこう呼んでいた)の大統領が出現した時(3)、共和党はアメリカが福祉国家に大転換すると脅威を感じた。これは、「小さな政府」に真っ向から対立する由々しき展望だった。共和党首脳が、同年1月のオバマ大統領就任式典のその日の夜、会食に集合して、すべてのオバマ政策に徹底的に反対する、と決めたのも当然の流れだった(4)。ミッチ・マカノ上院院内総務は、「自分の最大の優先事項はオバマを1期4年で終わらせることだ」と何度も公言した。

 このようにして、マカノ院内総務を主軸として、ことの是非を問わず、すべてのオバマ政策に徹底した反対が始まった。2010年以降、議会は共和党が支配し、なおかつ戦闘的な「小さな政府」主義者の茶会派の進出もあってオバマ政権の行動を封殺した。

 その結果、失業者を救済できるインフラ整備などの公共事業も、「小さい政府」だから十分できない。連邦政府は、予算も、人的スタッフも、極端に縮小だ。職業再訓練予算はあるにはあるが、ドンドン削減された。予算不足で政府閉鎖の危機が何度もやってきた。2015年9月、共和党のジョン・ベイナー下院議長は、「小さな政府」維持のために一切の妥協を排除する強硬な茶会グループにあきれて辞任し、政治家をやめ、故郷に戻ったほどだ。中間層の貧困対策など共和党の中心課題ではなかった。

 実は2012年の時点から、共和党のこの極端で過激なネオ・リベラルな思想と、オバマへの憎しみこそが「ワシントンの機能不全」の原因だとする有力な議論が行われていた。米国政治を40年間も観察し、分析してきた中道派のブルッキングスと、保守派のAEI所属の二人の論者が、従来の「民主・共和両党ともに悪い論」を採用しないで、「共和党の過激な極端主義が悪いのだ」と断定する本を書いた。 2016年、この二人は「事態は更に悪化した」と題する後継書を出版した(5)。

トランプ氏の登場と共和党が抱えた難問

 トランプ氏はここで登場してきた。ワシントンは、共和党の過激な極端主義で機能不全に陥っていた。そして、自分はすべての問題を断固、果断に切り裁くと勇ましく公言した。メキシコ国境に壁を作り、貿易や投資を管理して職を取り戻す……。出口がなく、困窮した白人中間層は、同氏に熱狂し、当初15人以上もいた共和党の大統領候補は、全部排除されてしまった。

 ところが、トランプ現象は共和党に非常に深刻な問題を生んだ。伝統的な共和党の党是を破壊しようとしていることが次々と明らかになったからだ。「小さな政府」を無視し、大幅な財政出動もやりかねない。共和党員なら口が裂けてもいわない「富裕層への課税」を口にしている。社会保障や医療保険を強化すべきだと主張している。共和党が反対する妊娠中絶にも肯定的だ。

 さらに驚くべきことに、彼は「共和党は10年ぐらいの内に労働党になる」とすら発言している(6)。共和党は、元来移民を選択的に受け入れる立場だが、1100万人の不法移民を強制送還するという。さらに深刻なことに、共和党は自由貿易を党是としているが、同氏は管理貿易を主張している。友好国との同盟も軽視している。 日本だけの立場でいえば、共和党の不寛容な国内政策の「とばっちり」でトランプ氏が登場し、彼によって同盟弱体化が始まるといえなくもない。

トランプ現象の結果、共和党は解党の危機に…

 たまりかねた党の幹部は、「彼は真の共和党員ではない」といい始めた。実際、これは共和党にとっては尋常ならざる事態だ。ここ10数年、共和党の「小さな政府」の党是は、貧困化する中間層を救済できなかった。彼らの怒りがトランプ現象を生んだ。だから、同氏の出現は、共和党の自損事故だ(7)。そういう人間が、こともあろうに共和党の屋台骨をぶち壊そうとしている……。ニューヨーカー誌は「共和党エリートは、トランプに抵抗するのか降参するのかで苦悩している」という表題の論説を掲げた(8)。

 さらに、白人貧困層は、その「怒り」のはけ口として、かねて反感を持っていた共和党の指導層に、トランプという難題をワザとブン投げたという解釈すら行われている。そう論じているトム・フリードマンは「共和党は、もはや道義的に破産している。だから解党して、健全な中道右派政党として出直すべきだ」とすら論じている(9)。

 その上、トランプ氏の破天荒で深刻な失言の数々、虚言癖、露骨な人種主義と人間蔑視、政策課題に対する無知、国民を融合させるより対立させる人間性などから、大統領になる資格はない、という評価が定着してきた。共和党は、こんな人間を本当に党の候補として擁立するのか? 議論が激しくなる中で、共和党は当事者能力を失いつつある。党が一致団結して支援する体制にはない。このままでは大統領選挙ではクリントン氏に負けるし、議会上下両院でも敗北するという議論も始まっている。

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筆者

西村六善

西村六善(にしむら・むつよし) 日本国際問題研究所客員研究員

1940年札幌市生まれ。元外務省欧亜局長。99年の経済協力開発機構(OECD)大使時代より気候変動問題に関与、2005年気候変動担当大使、07年内閣官房参与(地球温暖化問題担当)などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。

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