対立軸をどこに採るかで「正義」の定義さえ変わってしまう米国社会の分断と混迷
2016年07月25日
「銃撃事件が多過ぎて、すぐ忘れてしまう」「いちいちショックを受けなくなった自分に、ショックを覚える」。カリフォルニアのあるラジオ番組で、パーソナリティーがこのように語っていた。まったく同感だ。
テロ絡みの銃撃戦の連鎖は、欧州でも起きている。ただそれに加えて米国で今起きていることは、遠く日本から見れば「黒人と白人警官たちの戦争」にしか見えないのではないか。だが事態は複雑で、問題の根は深い。何が原因でこんなことになったのか。改めて思うのは「原因の帰属も多様であること」そして「誰を敵(仲間)と見るか」という「集団アイデンティティー」がカギになることだ。
まずは順を追って経緯を振り返っておこう。
この事件に対する大統領候補ドナルド・トランプ(共和党)とヒラリー・クリントン(民主党)、それぞれの反応が興味深かった。
トランプは、いち早く犯人がアフガニスタンからの移民の子だった点に反応し「イスラム系移民の一時入国禁止」という持論を正当化した。他方クリントンは性的少数者への差別撤廃や、銃規制の強化を訴えた(朝日デジタル、6月13日)。もちろん選挙キャンペーンの一環だから、自分の立場に引きつけて論を展開した面は大きいだろうが、一定の賛同を期待できないなら発言しないはずだ。事件の原因をどこに帰するか、その違いに驚いた。
確かに事件の背景は複雑で、 少なくとも3つの要因が絡んでいる(朝日デジタル6月14日、真鍋弘樹ニューヨーク支局長の解説)。
その第一は、イスラム対反イスラム。すなわち移民問題、特にイスラム教をめぐる米国社会の亀裂だ。今回の犯行は「一匹おおかみ」型で、ISなど過激組織から直接の指令などは受けていなかったという。ただ、犯人はネットなどを通じて一方的に感化されていたらしい。
イスラム系移民という被差別集団の中で育まれたいびつな攻撃性が、LGBT(性的少数者)という別の被差別集団に向けられた。これがまさしく第二の背景要因、つまりLGBT対反LGBTという対立軸を反映している。
そして第三に、銃規制を巡る対立がある。銃規制を至上命題とするオバマ大統領と、銃所持の権利が保障されているとの憲法論を盾にとる反対派。銃撃事件のたびに両者の間で応酬がある。
これほど明白な犯罪でさえ、原因の帰属が多様になってしまうのは、複数の対立軸がよじれながら重なっているからだ。
さてこのような考察を準備しているところへ、
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