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健康影響の指標「シーベルト」の本当の意味

個人のリスクを簡便に表現できる新たな物差しが必要だ

甲斐倫明 大分県立看護科学大学環境保健学研究室教授

シーベルトの意味

 シーベルトは放射線の線量(実効線量)を表す単位として、福島事故後、広く社会に知られるようになった。シーベルトは放射線による健康影響を表す単位であると説明されることが多い。確かに健康影響の指標を意図して組み立てられたものだが、誤用されないために注意する点がある。

 シーベルトには2つの補正係数が含まれる。1つ目は、全ての異なる放射線を統一して扱えるようにするためのもの、2つ目は身体部位による放射線感受性の違いを考慮して全身に均一に被ばくした場合と一部の臓器に被ばくした場合で、比較可能な量になるようにするためのものである。

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 例えば、自然放射線からは年間2.4mSvの実効線量を受けていると推定されている。宇宙線からの外部被ばく0.3mSv/年と、呼吸してラドンを吸い込むことによる内部被ばく1.3mSv/年は、比較可能な量として扱うことができる。このようにして放射線のタイプ感受性と臓器感受性の違いを考慮したことで比較可能な量となっている。

 しかし、影響の量として理解するときには、年齢の扱いがキーとなる。がんリスクには年齢依存性が認められている。シーベルトでは、一定の年齢構成をもつ仮想的な集団を対象に、計算から得られるリスクをベースにして臓器感受性の違いを考慮した形となっている。このように、実効線量(シーベルト)は、放射線防護方策を決定するための世界共有の物差し(放射線の様々な基準と比較する物差し)として利用するために組み立てられたものである。ある特定の年齢の個人のリスクを推定するものではないことが重要な点である。

 「シーベルトは健康影響の指標を意図して組み立てられたものであるが、個人の健康影響を表す単位ではない」という点は、ぜひ理解していただきたいところである。仮想的な集団の平均リスクを意図しているシーベルトは、その使い方には自ずと制約があることになる。

不確かさが壁

 シーベルトは、放射線防護が主に対象となる低線量域で定義された量である。想定されている健康影響はがんと遺伝的影響である。低線量での健康影響の発生確率である健康リスクは、影響が大きくないために直接測定が困難である。そのために、主に人間を対象に調べて得られた高線量の疫学データからがんの影響を、そして遺伝的影響は動物実験データなどから推定している。この推定の不確かさが常に議論を呼ぶ。近年、低線量データとして原子力作業者の疫学データが大きく注目される理由はそこにある。

 放射線防護では低線量においてもリスクは線量に比例すると考えて、年間数十mSv以下の線量であっても影響の可能性を想定している。このリスク推定の不確かさの問題はどこからくるのか、なぜ不確かさを低減できないのかはリスクの特性を理解する上で重要な点であるが、現在の科学的論争はリスクの有無に焦点があてられがちで、リスクの特性には注目されることが少ない。

 リスクは定量的な概念なので、不確かさの問題を避けることはできない。むしろ、その不確かさを睨(にら)みながら、その大きさをどう表現し、何と比較することが適切なのかという点に注目することが社会的にも放射線防護上も必要である。

リスクの物差し

 シーベルトで表現できるのは、仮想的な集団の平均リスクであり、放射線防護方策を決定するための世界共有の物差しとしての単位である。社会一般が期待する放射線の健康リスク評価は、個人の特性をできるだけ反映したものであろう。ある特定集団の健康リスクの推定に実効線量は適用できない構造にあることはすでに述べた。しかし、実際には、医療被ばくにおいても、福島事故でも集団実効線量を用いてがん死亡数などのリスク計算を簡便に行う傾向がある。これまでの説明でご理解いただけると思うが、これは誤用である。

拡大大腸がんの確率を簡単に出す方法の一つ。厚労省研究班の2010年の発表。

 それでは、健康リスクをより知りたいという期待にどう答えるべきか? 近年、

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筆者

甲斐倫明

甲斐倫明(かい・みちあき) 大分県立看護科学大学環境保健学研究室教授

1981年東京大学大学院修士課程修了。日本原子力研究所環境安全研究部研究員、東京大学大学院医学系研究科助手、米国フレッドハッチンソンがん研究センター客員研究員を経て、現職。工学博士。現在、国際放射線防護委員会(ICRP)第4専門委員会委員、日本保健物理学会会長、日本学術会議連携会員。専門は、放射線防護・リスク解析。