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麻薬政策のコペルニクス的転回

「ハームリダクション(害の軽減)」と「非犯罪化」

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」公式サイトから
 世界一有名なドキュメンタリー映画作家のマイケル・ムーア監督の最新作『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』は、米国人から見るとびっくりないくつかの国の社会制度を紹介する映画だ。その中で、覚醒剤や麻薬の個人使用を一切罪に問わないポルトガルが取り上げられている。監督の突撃取材に対し警察官や研究者が語ったところでは、ドラッグ使用で逮捕しないようになってからドラッグ依存患者が激減した。捕まらないので家族や友人に相談できるようになり、おおっぴらに病院に行って治療できるようになったからだ。一方の米国では、ドラッグの所持だけでも罪になる。米国の悩みは、それで捕まる人が多すぎて、刑務所の費用がかかりすぎるという点だ。

 2016年夏に英国マンチェスターで開かれた2年に1度の国際会議「ユーロサイエンスオープンフォーラム」で、「ドラッグ戦争は失敗-ハームリダクションの科学の適用こそ役立つ」と題する分科会があった。これはぜひ聞かなくてはと思ったのは、マイケル・ムーア監督の映画を見たからだと思う。映画の強烈な印象が潜在意識に残っていたのだろう。

 ドラッグ戦争とは、麻薬を敵と見なし、取り締まりと刑罰を強化して倒そうとする厳罰主義の発想を指す。ハームリダクションとは、害の軽減、つまり麻薬による健康被害が少しでも減るようにする、厳罰主義とは正反対のさまざまな対策を指す。日本では、ハームリダクションという考え方はほとんど知られていない。ポルトガルのように厳罰主義を取らない国がある、ということ自体が多くの日本人には驚きだろう。7月25日の分科会で語られた内容のエッセンスを紹介したい。

英国マンチェスターで開かれたパネル討論「ドラッグ戦争は失敗-ハームリダクションの科学の適用こそ役立つ」

 2時間30分という長丁場の分科会には、世界保健機関(WHO)や欧州のドラッグ対策機関、英国、ウクライナなどで対策に取り組んでいる専門家たちが参加、数多くのデータが示された。

 世界で、非合法なドラッグを使っている人は約2億5000万人、大人の5%にあたる。大麻類がもっとも多く、1億8300万人。大麻(マリファナ)はタバコと比べて依存性などの害は小さいと言われる。そのため、オランダなど大麻の個人使用を認めている国や地域もあり、国連条約では禁止薬物であるにも関わらず、大麻使用は相当な広がりがある。

 使用者の約1割、2700万人はドラッグ関連の病気やドラッグなしではいられない「依存症」に苦しむ「問題ユーザー」だ。そのほぼ半数、1200万人(正確に言うと840万人から1900万人の間の人数)は注射でドラッグを打っている。この人たちの間でエイズやC型肝炎、B型肝炎のウイルス感染が広がっていることが公衆衛生上の大きな問題だ。ここでウイルスが広まることで、ドラッグを使わない人たちへの感染リスクも高まるからだ。むろん、問題ユーザー一人ひとりにはドラッグの使いすぎによる健康悪化という問題がついてくる。推定によると、1年に19万人がドラッグ関連で死ぬ。

 これらの健康に対するリスクを減らす対策が「非犯罪化」と「消毒されたクリーンな注射器の提供」及び「常習者への健康サービスの提供」だ。いったん麻薬依存症になってしまうと、自分の意志でやめることはできない。その人たちを刑務所に入れても依存症は治らず、刑期を終えるとまた使ってしまうのが普通だ。それなら、個人使用については犯罪とせずに、逆に安心して使える環境と健康サービスを用意する。これがハームリダクションの考え方である。

 例えばウクライナでは、

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