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医務総監、危機管理を引き受けるなら覚悟が要る

舛添要一元厚労相、深夜の緊急会見から学ぶこと

尾関章 科学ジャーナリスト

 医療行政を一元的に監督指揮する医務総監を置こうという構想が動きだしたようだ。厚生労働省サイトにある「大臣会見概要」をみると、塩崎恭久厚労相は8月24日、記者から「一部報道で、医務総監の新設を求めているという話がありますが」と聞かれて、こう答えている。「しっかりと医療の知識を持った、全体を束ねることができる方に、そういうポジションがあるべきだと思います」

 朝日新聞が来年度予算概算要求を伝えた記事にも、厚労省は「医療保健分野の司令塔」となる「次官級ポスト」の新設をめざしている、とある。現時点の仮称は「医務総監」という(8月26日付夕刊)。

 この構想は近年、「医療保健分野」でも危機管理対応が求められるようになった流れを反映している。代表例を一つ挙げれば、新型感染症対策だ。空港などの水際対策をどうするか、感染の疑いがある人の行動をどう制限するか――といったことで迅速な判断が求められる。官庁の意思決定システムは、これが苦手だ。組織が縦割りなので、一つのことを決めるにもさまざまな部署がかかわってくる。それをまとめあげるために会議を繰り返していては時機を失してしまう。こんなときに「司令塔」が待望されるのである。

 ここ10年でもっとも記憶に残るのは、2009年の新型インフルエンザ流行だ。このとき、麻生太郎内閣の厚生労働大臣だったのが今夏、都知事を辞任した舛添要一さんだった。私は当時、新聞社の論説委員室にいたが、舛添厚労相の振る舞いには「司令塔」志向のにおいを感じていた。そこに出現した感染症警戒の危機管理モード。「医療の知識」を身につけた医務総監がいないので、大臣がその代役を買って出るかたちになった。

新型インフルエンザの感染疑い例について会見する舛添厚労相拡大新型インフルエンザの感染疑い例について会見する舛添厚労相
 忘れられないのは、4月30日深夜、正しくは5月1日午前1時半の大臣会見だ。この時点で日本国内の新型インフルエンザ感染例はゼロだった。ところが、海外からの帰国者に感染の可能性を否定できない例が出て急きょ、緊急記者会見となったのである。

 新聞記者はいつも冷静沈着であろうと努めているものだが、それでも生きものの反射運動のような報道に陥ることはある。締め切り間際に飛び込んできたニュースが大きくなるのも、その一例だ。未明の1時半と言えば、在京全国紙が朝刊最終版を降ろす時刻とほぼ重なる。そんな時間帯に大臣会見が開かれるとなれば、編集担当者は掲載スペースを大きく空けて待つしかない。こうして翌朝、というより当日朝の新聞には会見内容が大きな扱いで載った。

 朝日新聞東京本社発行の5月1日付朝刊最終版では1面トップ。見出しには「新型インフル」の文字とともに黒字白抜きで「国内初 感染の疑い」とあった。厚労相の会見写真には「1日午前1時35分」の撮影時刻も添えられ、発表が新聞が配達されるよりもわずか数時間前だったことがわかる紙面となっている。

 この帰国者は、高校の研修旅行で海外に渡航していた生徒だった。1日は学校や地元自治体が大騒ぎになったようだ。ところが、それはあっという間に収束する。1日付夕刊までは「疑い」が続いていたが、翌2日付朝刊には国立感染症研究所の「検体を詳しく調べた結果、新型インフルには感染していなかった」という発表が載って幕引きとなった。

 当時、新型インフルの感染確認は1)発熱やせきなどがある→2)簡易検査でA型陽性→3)ウイルス遺伝子検査で「疑いあり」→4)確定検査で最終結論――という流れで進むことになっていたが、このときは3)の検査で解析不能という結果が出たところで大臣発表となった。後知恵だが、やや早まったという感じは否めない。

 厚労相サイドには感染症情報の透明性を高め、それをリアルタイムで国民に伝えよう、という考えがあったのだろう。たしかに、上記の流れでは2)の段階でも「『A型』陽性の帰国者が××人」というデータ開示はありうる。ただそのときは、この人たちが3)以降の検査で感染者でないとわかる可能性が十分に考えられることを丁寧に伝えなくてはならない。

 このエピソードから言えるのは、医療保健分野の司令塔はやはり「医療の知識」に通じた人のほうがよいということだ。医療の専門家なら「疑い」の度合いを見定めて、公表のタイミングや表現方法を的確に選ぶことができるだろう。

 ここでは、医務総監を置くにあたってはかなりの覚悟が要るということを書いておきたい。腹をくくらなくてはならないのは、まず医務総監その人だが、それだけではない。世の中も――ということは私たちも――同様だ。

 このポストは、船の船長や飛行機の機長、原発の所長、手術の執刀医などに相当する。この人たちに共通するのは現場トップということだ。しかも、職場はいつも不測の事態と隣合わせで、そうした状況に陥ったときは強大な権限が与えられる。それぞれの組織にはトップダウンの指示系統があるが、危機に際しては、自らの専門家としての良心に裏打ちされた判断で物事を即決する局面が出てくる。 ・・・ログインして読む
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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。1週1冊のブログ「本読みby chance」を開設中。

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