神経科学的な裏付けと、今後の大統領選の予測
2016年09月16日
前稿ではトランプ現象を「3つの謎」として捉え、「トランプ人気=ガス抜き」説によって、他では理解不能なこれらの謎が解けることを示した。また葛藤を「エス/自我/超自我」の関係から捉えるフロイトの精神力動理論で、裏付け可能であることも示した。
ここで一言付け加えると、こうした人々のこころの深層が大統領選という大規模な政治イベントに、社会現象として顕われた点も興味深い。個々人の潜在意識は時として社会現象に顕在化するからだ。
実際フロイトによれば「超自我は集団(共同体)のなかにより顕著にあらわれる」。今回のトランプ現象では、その同じ共同体の舞台で超自我がエスの反撃を受けたとも解釈できる。
さて以下では神経科学的な理解を示し、大統領選の今後を占ってみよう。
前稿でも述べた通り、精神分析学は社会評論としてはいまだに威力を発揮しているが、神経科学の世界では相手にされていない。だが本稿の論点は、認知神経科学の枠組みからも理解しやすい。特に神経倫理学、神経政治学の知見が役に立つ。
ごく大ざっぱに見ると、意思決定や判断はふたつの大きな神経ネットワークのやりとりによってなされる。そのひとつは大脳辺縁系などの報酬・情動回路で、これが自律的・無意識的に働いて直感的で素早い判断をする。他方前頭を中心とするより分析的で計算高い回路もあり、さらにこれと重なる形で制御・実行の回路もある。この回路が場合によっては先の情動回路を抑制し、より適切な判断や行動へ導く。
たとえば「公共の利益か自己の利益か?」という葛藤に直面したとき、人は分析的な思考によって判断すると考えるのが普通だろう。しかしむしろ情動的な直感が、まず判断の方向を決めているらしい。
具体的には、分析的な熟慮に寄与すると言われる「島」、「前帯状皮質」、「背外側前頭前皮質」などではなく、むしろ報酬と情動に無自覚的に関わる「側坐(そくざ)核」、「扁桃(へんとう)核」の働きがより強く関わる(Haruno, et al., J. Cog. Neurosci., 2014)。特に扁桃核の自律的で情動的な処理プロセスが決め手になるらしい(Haruno & Frith, Nat.Neurosci., 2010)。このことからふたつのネットワークが拮抗(きっこう)し、中でも素早い情動的なプロセスがより決定的であると言える。
また主観的な味の良さ(食欲)は、報酬系とも関連の深い「腹内側前頭前野」という部位でまずエンコード(記録)される。しかもそれは「健康のために節食する」意思とは独立に表現されている。他方健康のための節制は、同じ前頭でも「背外側前頭前野」という部位が関与するとされる(Hare, et al., Science, 2009)。つまり食欲が先にあって、それを高次の自己制御の機能で抑えているということだ。
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