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環境で変わるお金の流れ。そしてお金も変わる

地球環境課題を解決するお金の流れ、鈍い日本の動き

小林光 東京大学教養学部客員教授(環境経済政策)

 今月(10月13、14日)、東京で、OECD主催のグリーン・インベストメント・ファイナンシング・フォーラム(3rd Green Investment Financing Forum, 以下、GIFFという。)が開かれる。世界各国から金融機関や資金の使い手たる企業の有力者が一堂に会し、地球温暖化対策などに資するべく世界各地で行われている様々な取組みをどうファイナンスするかに関して相当に突っ込んだ議論をする。

 この会議のアジアでの開催は初めてであり、対外債権残高世界一の日本の役割に期待した結果であろう(この夏に開かれた伊勢志摩G7 サミットの首脳宣言でも、要旨、クリーンでエネルギー効率の良い設備等への投資にコミットする、旨がわざわざ謳われており、論者としては、日本の金融界が、サミットやOECDの期待によく応えて欲しい、と願っている)。

電車運行、気象災害でトラブル続発

 日本に居ると、経済団体の意識は高くなく、地球環境が壊れてもそれを個別に修復すれば足るのではないか、一世紀も掛けて脱炭素経済に移行するなどといった「根治療法」にわざわざお金を費やさなくてもいいじゃないか、といった気分が濃厚である。

 

小池百合子・東京都知事は10月2日、温室効果ガスの削減に資金調達する「グリーンボンド」の発行計画を表明した小池百合子・東京都知事は10月2日、温室効果ガスの削減に資金調達する「グリーンボンド」の発行計画を表明した
 しかし、個社の経営の足元の変化を注意深く見る経営者であれば、地球温暖化の影響が日常業務に既に及んできていることに気付くはずだ。

 例えば、東京近郊のある大手私鉄のデータでは、2010年以降のたった4年間で、気象災害によって同社の電車運転に支障が出た時間数が7倍近く増加し、電力消費量は横ばいに抑えているにもかかわらず、支払い電力料金額は倍近くに増えていた。

 これらに伴う費用増は、地球温暖化の悪影響が顕在化し、加えて、燃料供給に関わるリスクが顕在化したことによるダブルパンチである。地球環境の変化は既に目の前にあるリスクなのである。

欧米では盛ん、地球環境リスクへの取組みを支えるファイナンス

 国際社会では、地球環境変化に伴うこのようなリスクを避けて通るのではなく、これを直視し、リスクの制御や低減に向けた取組みを始めている。温室効果ガスはあらゆる人間活動に伴って大なり小なり不可避的に発生する。したがって、あらゆる人間活動、例えば環境改善自体が目的でない通常のビジネスも含めて、新たな取組みに迫られている。

 そのような取組みの一つに金融面での環境的な取組みがある。どんな活動にも必要な資源の一つが資金である以上、当然である。

パリ協定採択の瞬間。COP21で、2015年12月、朝日新聞撮影
 論者も、昨年は、パリ協定に向けて国際合意を積み重ねる努力を、特にこの金融面で探るため、二度ほどパリを訪れた。そうしたところ、そこには、環境対策の強化を歓迎する熱気が溢れていて、彼我の差を強く感じたものであった。その熱気の根拠は、世界に実需が生まれることを率直に喜ぶ気持であった。

 特定の金融商品への偏った資金供給、金融技術を駆使しての頻繁な裁定取引といった実需に関わらない商売ではなく、世の中に良いことをするビジネスに向けて資金を供給する、という金融本来の役割が久しぶりに求められたことからの高揚のように論者は感じた。

 実需がなければ、とりあえず、価値貯蔵手段である金銭に替えておくか、という気持ちに皆がなり、その結果、手段であった貨幣・金銭が、いつのまにか、その獲得自体が目的になるという倒錯が起きてしまう。

 特に、貨幣・金銭と実際上の価値との紐付けが希薄になる一方で、金銭的な意味での利益の確保やその短期的な成長が追求されると、例えば、物言わぬ自然環境のように、対価なく使い捨てればその分儲けが膨らむような生産要素はむしろますます安易に使い捨てられていくしかない(ついでに言えば、安価な非正規労働の拡大も「目先の」金銭獲得重視の弊害の一つであろう)。

 パリ協定を目前に、金融業界の国際会議で熱心に議論されていた、地球環境をよくする方向でのビジネスとは、前述のようなビジネスとは真逆である。すなわち、これまで支払わず、そのことがむしろ儲けに貢献してきた、不払いの環境使用料を支払っても儲けられるようなビジネスである。

 しかし、そこには困難もある。例えば、初期投資が、環境を壊して儲けるこれまでの商売より嵩んだりして、投資回収年も長くなる。そのようなビジネスに資金を張り付けること自体も金融業界にとっては厳しい話だが、さらに、ビジネスと環境との係わりを理解し、そのビジネスが環境に好ましいものなのかを、例えば技術的な知識をもって判断する、という、これまでになかった分野での「目利き」能力も必要になる。金融機関にとってはなかなかチャレンジングな話だ。

 ちなみに、論者とIGES(地球環境戦略研究機関)の脇山研究員とが共同で行った金融機関に対するアンケート調査でも、この二つの困難が二傑で、困難全体の過半を占める重さを見せていた(蟹江憲史編著「持続可能な開発目標とは何か-2030年へ向けた改革のアジェンダ」、ミネルヴァ書房、2016年11月刊(予定)の論者ら執筆のチャプター参照)。

避けられる日本の電力会社

 効果的な環境金融を実現するため、第三回GIFFでは、(チャタムハウス・ルールの下で行われる、完全公開とは言えないセッションも含めて言えば)極めて幅広い角度から、実践的な知恵の交換が行われる見込みである。

 例えば、環境的な投資に伴う様々なリスクの同定に始まり、そうしたリスクを克服していく上での民間金融機関、地域の活動主体、公的開発投資銀行、年金基金等の機関投資家といった主体別の役割を議論し、加えて、資金仲介の仕組みなども検討されるようだ。

 既に欧米の機関投資家、特に、長期的な資金回収の安定性に重きを置く年金基金では、温暖化防止政策の強化に対して脆弱な事業を営む企業へのイクイティを減らす動きを始めている。

 投資の引き上げなので、ダイベストメントとも言われるが、例えば、この4月には、ノルウェーの年金資金を預かるノルゲバンクが、我が国の、北海道電力、四国電力、沖縄電力を含む世界の52社から資金を引き揚げる発表を行っている。

 これは石炭火力発電への過度の依存を危険視した結果である。

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