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日米・高校生平和会議で感じた手ごたえ

原爆の記憶をデジタルマッピング技術で未来へ継承する試みが大成功

北原秀治 東京女子医科大学特任准教授(先端工学外科学)

 失われつつある原爆の記憶を最先端のデジタルマッピング技術を用いて未来へ継承しようという日米・高校生平和会議(英名:Technologies of Peace)が2016年9月16日にニューヨークにある国連軍縮部で、そして9月18日はボストンにあるハーバード大学サイエンスセンター、19日は同じくボストン公共図書館にて行なわれた。首都大学東京の渡邉英徳准教授(ハーバード大学ライシャワー研究所)の発案を受け、ともにこのイベントの準備を進めた一人として、予想を超える成功をおさめたことを報告したい。

日米の高校生が平和について話し合う

ハーバード大学サイエンスセンターでの日米・高校生平和会議=筆者撮影
 日米における平和教育を比較した場合、かなりの違いがある。以前、日米の教員が平和について意見交換するイベントに参加したことがあるが、アメリカとのあまりの考え方の違いに、日本語の「平和」を英語の「Peace」に訳していいのかと違和感を覚えてしまった。日本でいう「平和」とは「戦争がない世界」というのが主流であるが、アメリカにおいては、「人種差別を無くす」、「アメリカが世界の警察として安定を維持する」という考え方がほとんどを占めていたことに驚いた。

 確かに「Peace」の語源はローマ帝国が維持する安定(武力による安定維持)という意味である。しかし、日本人としてすんなり同意できない。当事国同士の立場の違いがあるため、平和教育の正解は見いだせなかったのだが、このとき皆が同意できることが一つあった。それは戦争の記憶を、そしてその真実をしっかりと未来へ伝えることであった。

 日米高校生平和会議の趣旨はまさにそれであり、実際に戦争体験をしていない現在の日米の高校生が、日本の最新のデジタル技術を使い、一緒に広島原爆の被爆者の真実を共有し、未来に向けて何ができるか、そして平和を構築するために何ができるかを話し合うというものだ。本イベントには、被爆者の真実を継承するために高校在学中から被爆者のインタビューを行ない続け、国連NPT再検討会議に招聘された(オバマ米大統領の広島訪問時にも立ち会った)現在東京大学在学中の徳山実紅さんも後輩の活躍を見守るために参加した。

一気に広がった日米高校生平和会議への支援

 2016年4月、筆者が幹事をつとめる「ボストン日本人研究者交流会」にて、当時ハーバード大学ライシャワー研究所に赴任してきたばかりの渡邉准教授より本イベントの相談を受けたとき、支援する団体も、参加するアメリカ側の高校生もまだほとんど決まっていなかった。加えて「日米平和会議」というタイトルを聞いたとき、「平和」に対する日米の受け止め方の違いを痛感していた筆者は、アメリカで開こうが日本で開こうが果たしてうまくいくのか懐疑的であった。

会議二日目、日米高校生による議論の風景=首都大学東京・渡邉英徳研究室撮影

 しかし、渡邉准教授と広島女学院の生徒らが作成した「ヒロシマアーカイブ」を初めて拝見したとき、相当な衝撃を受けた。この斬新なアイデア、そしてすばらしい活動は筆者の不安を払拭し、それどころかこの感動がアメリカ中に一気に広まり、ニューヨークでは国連軍縮部(UNODA)での開催(共催)となり、ボストンでは在ボストン日本国総領事館の後援、在ボストン日本人起業家たちが作るNPO法人JREXにより、ボストン公共図書館での開催も決まり、何よりアメリカ側の高校生の参加が非常に増えることになった。その後、クラウドファンディングでは設定額を大きく超える協賛、寄付を頂き、広島から4人、長崎から1人、東京から2人の高校生をアメリカに招くことができ、さらにはアルジャジーラなどを含めた多くのメディアに取り上げられることとなった。

デジタルマッピング技術がファシリテーターになる

 異なる国が平和について話し合うとき、

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