「故人はダメ」の原則を破っても、相対論の偉大さを称えるべきではないか
2016年09月30日
重力波は、アルバート・アインシュタインが1915~16年に発表した一般相対論が予想する時空伸縮の波だが、それがちょうど100年後、米国の2カ所に置かれたLIGOと呼ばれる観測装置によって捕らえられたのだ。十分すぎるほど受賞に値する。
だが、話はそれほどに簡単ではない。一つは、物理学賞の選考手順に照らしての話だ。ノーベル賞の公式サイトによれば、賞の選考は世界中の学者3000人に候補の推薦を依頼するところから始まる。その締め切りは1月末。ところが、LIGOによる重力波初観測の公表は、論文発表に合わせて2月11日のことだった。論文の受理も1月21日となっている。装置が重力波を受けたのは去年9月のことだが、見極めの作業に時間を要したのだろう。だとすれば、たとえ噂が外部に漏れたとしても「?」はなかなか消えなかったはずだ。重力波がらみの推薦票が締め切りまでに届いたとは考えにくい。
ただ、ウィキペディア英語版をみると、このあと賞の選考にあたる委員会が候補者を300人前後に絞り込むときは、推薦票に名前があった人だけでなく“additional names”、すなわち追加分を含めたなかから選ぶとされているから、委員会が自ら推薦することがあるのかもしれない。とくに今回のような大発見なら、それがあっても不思議ではない。したがって重力波初観測にかかわる科学者が今年受賞することになれば、委員会が年内授賞に間に合わせるため、急ぎの車線に乗せたとみてよさそうだ。
問題はそれから先、受賞者をだれにするかだ。グループは、発見第1報の論文著者数でみれば1000人規模。ここから上限3人を選び出さなくてはならない。下馬評にあがっているのは、LIGO実験の構想を当初、トロイカ体制で進めたレイナー・ワイス、キップ・ソーン、ロナルド・ドレーバーの3人だ。ここでは、ソーンという理論物理学者が含まれている点が見落とせない。100億円規模の巨費をかけてキロメートル単位の光の通り路を2本置くという実験を提案したとき、それで本当に重力波を捕まえられるのか、という懐疑論に反駁できたのは、理論家の貢献が大きい。そう考えると、もしこの3人の受賞となれば、ビッグサイエンスの企画立案力や説明説得力が評価された、と言ってもよいだろう。もちろん、それがなければ装置はつくられず、重力波は見つかっていないわけだから十分に賞に値する。
とはいえ、重力波初観測という大事業の成功を、このひと握りの物理学者の功績だけに代表させることには異論もあろう。それで思うのは、同様にビッグサイエンスの成果であるヒッグス粒子発見に対する授賞がどうだったかだ。物質に質量を与えるこの粒子が2012年、欧州合同原子核研究機関(CERN)の巨大加速器LHCの実験で見つかったらしいと報告されたのを受けて、翌13年、その粒子の存在をうかがわせる理論を打ちたてたピーター・ヒッグスとフランソワ・アングレールが物理学賞を受けた。実験グループのだれに贈るかという難題をすり抜けて、その実験の動機となる理論の案出者を称えたのである。
で、これからが私の提案だ。授賞発表の直前になって何を提言しても始まらないのだが、言うだけは言っておこう。ノーベル賞は存命の人に贈るのが大原則だが、今回に限り、それを破ってはどうかということだ。
重力波の存在を導きだした一般相対論は、アインシュタインの思考から生みだされた。直径20cm足らずの頭脳が100億光年規模の宇宙空間を股にかける現象を予見した、と言ってもよい。時空の伸び縮みの伝播についてはアインシュタイン本人も懐疑したというが、結果は理論通りになった。ここで感動を禁じ得ないのは、その立証に100年を要したことだ。科学とは、なんと息の長い営みなのだろうか。そのことを将来に印象づけるためにも、故アインシュタインへの授賞はあってよい。
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