純粋数学的に計算した各都道府県1人以上となる定数試案
2016年11月15日
参院選での合区が問題になっている。今年の参院選で初めて「鳥取と島根」、「高知と徳島」が一つの選挙区(合区)となった。しかし、それでもなお「1票の格差」は大きいと考える弁護士らが起こした裁判で、この参院選挙が「違憲状態」「合憲」と異なる判断が次々と出ている。
合区になった根拠は「法の下の平等」という憲法の規定にある。その憲法作成に大きな影響を与えた米国では、下院こそ完全な人口比例であるものの、上院は州2人という制度となっている。従って、人口3700万人のカリフォルニア州(面積42万平方キロメートル)と人口56万人のワイオミング州(面積23万平方キロメートル)とで、1票の格差が60倍以上もある。
しかし、だからこそ、米国議会は地理的・歴史的な背景を含めた「米国民の代表」「平均的意見」となっているのだ。代表と単純平均は異なるのである。
構成要素の値をひとつひとつ足し合わせた単純平均値が代表値でないことは、地球科学では常識だ。例えば地球の平均気温の算出では、観測点全ての値の平均を取ったりしない。そんなことをすれば、観測点の多い地域(欧州など)の値が平均値を決めてしまって、観測点の少ない海洋や砂漠地帯、南極などの値はほとんど反映されなくなる。
だから「地球平均」を算出する際には、小さな区画(例えば100km四方)に分けて、その面積ごとの平均値を出して、それを更に平均する方式が用いられる。区画内に観測点が1カ所しかない地域では、観測点の「重み」が10カ所ある地域の10倍ということになる。いかに各観測点のデータが平等であっても、観測点の密度によって「格差」が自動的に生まれるのである。この事情は気象庁のアメダスでは分かりにくい。というのもアメダスは観測点の密度が等しくなるように展開されているからだ。
こういう視点でみると、単純に全ての票を同等に扱う方式は、地球科学的な平均の考え方からは外れていることに気づく。確かに単純平均も「平均」の一方式ではあるが、色々ある平均の一つに過ぎないのだ。
日本という国が、国民だけでなく、その国土の存在によって成り立っていることを考えれば、人口比例だけにこだわるのではなく、面積比例という考え方が入っても良いのではないだろうか? 山や海岸の管理などの環境の保全が、そこに住んでいる人によって行なわれる現実を考えれば、国のありかたを決める仕組みに、人口比例と面積比例の要素を組み合わせるのが自然な考え方だと思う。
1票の格差は、私が
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