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トランプ大統領で温暖化対策はどうなる?

米国の環境・エネルギー政策の大転換

西村六善 日本国際問題研究所客員研究員、元外務省欧亜局長

 地球温暖化の影響が一層厳しさを増すこの時に、アメリカは世界の連帯から離脱するという。これが歴史的に見て地球温暖化に最大の責任を持っているはずの国の行動だ。温暖化はウソだと決めつけてきたトランプ氏が大統領になり、同じく懐疑・否定派である共和党が議会の多数を占めた。温暖化を抑え込み持続可能な地球を取り戻そうとする世界の連帯に巨大な衝撃だ。

拡大トランプ氏勝利のニュースを見る人たち=11月9日午後、大阪市北区、高橋雄大撮影
 トランプ政権はこれまで構築されてきた環境保護やエネルギーに関する制度や規制を根幹から排除しようとしている。「環境よりも経済」、「世界利益よりもアメリカ利益第一主義」。これが基本原則だ。産業を窒息させてきた規制を取り払い、思う存分化石燃料を掘り出し、米国のエネルギー自給を確保し、斜陽の「石炭産業を100%復活させる」(トランプ氏の言葉)という。

 閣僚にもエネルギー産業のトップ経営者や科学否定論者が任命される勢いだ。オバマ政権が共和党の執拗な拒絶と反対に抵抗してやっと築いてきた環境法制を一気に壊滅させようとしている。

 しかし、米国の国民は黙っていないだろう。これまで運動してきた広範な市民社会、持続性のある地球を支援する企業、普通の人々は決して諦めないだろう。言論でも議会でも法廷でも街頭でも大きな抵抗と対立が起きるだろう。国内の議論と混乱は拡大し世界を更に動転させるに違いない。

 トランプ政権が公約通りのことをやろうとするとなおさらだ。それはアメリカの指導力を急速に低下させる。一方、同氏が公約を取り消したり、前言を翻したりしていけば、アメリカは世界から嘲笑される国に成り下がる。

パリ協定から離脱するのか?

 トランプ氏は選挙戦では温暖化の科学を否定し、パリ協定を「キャンセル」すると言っていた。脱退するかどうかにかかわらず、とにかく、米国が行動しないなら、既に難しくなっている2℃目標は一層実現しない(※)。

※”Michael Mann on Trump, hockey sticks, Jägermeister regrets”
Robin Bravender, E&E News. Friday, November 11, 2016       

 温暖化防止の世界運動は破滅的打撃を受ける。選挙中の同氏の最大の公約は「アメリカを再度偉大にする」であったが、企業利益に説得された一個人の謬見で地球環境は取り返しのつかない破局に向かう。破局に向かう地球環境の中で米国は偉大になるらしい…そんなことが起きてよいのか?

拡大
 もしかすると、大統領としての行動は違うのかもしれない。しかし、パリ協定を否定するなら国際社会全体が全面的に鋭く抵抗するだろう。事あるごとに最も強烈な反米デモが起きるだろう。同氏は温暖化を防止できなかった破滅的責任者として糾弾され続けるだろう。

 アメリカがやらないのなら自分もやらないという国が現れたら、その国もトランプ氏並みに糾弾されていくだろう。彼が選挙中、反対者を徹底して誹謗する時に頻繁に使った用語を使えば、世界は「トランプ氏こそディザスターだ」と云うべきだ。

 しかも、同氏が何を主張しても、長期的に見れば化石燃料への制約は強まる。私見では米国がパリ協定から脱退しても世界は絶対に怯まないだろう。そして世界はさらにドンドン自然エネルギーに転換していくだろう。結局米国はこの世界の歴史的潮流から置き去りにされ、競争力のない石炭産業を保護し、大気を汚していくだけだ。ちなみに当選直後に米国の石炭企業株は急に値上がりした。

 その上、化石燃料資源は座礁するのだ。米国の大規模エネルギー産業はトランプ氏の近視眼的扇動に乗って、この危険資産を抱えていくのか? しかも、自然エネルギーへの転換に伴う世界的な投資と技術革新の流れにも米国は乗り遅れる危険がある。この大きな経済的な機会は中国などが分捕るだろう。中国が世界の環境リーダーの地位を狙うだろう。

 要するに中国が道義的にも経済的にも「得をする」ハナシだ。米国は最早、技術革新の余地の少ない化石燃料に補助金を注ぎ込みながら汚染を増幅していく…こんな時代錯誤を「偉大なアメリカ」が本当にやるのか?

 温暖化懐疑論は同氏自身の確信によるかもしれないが、選挙で勝つため一部のエネルギー資本の支持を取り付けた代償でもある。はたせるかな、当選後、石炭企業などが公約の実行を求めている。あれは選挙用の方便だとは言えない局面だ。他人を愚弄し誹謗し、ウソと脅迫と他人への責任転嫁で生きてきたビジネスマンが、米国の国益の真の損得勘定を自分で判断するところに追い込まれている。

エネルギー転換計画(CPP)の行方は?

 オバマ政権は「クリーン電力計画(CPP)」によって電力セクターのエネルギー転換を図ることにしていた。トランプ大統領の下ではこの計画は挫折する可能性がある。CPPは行政権限を逸脱しているとして訴訟を受けていて、最終的に最高裁まで行く可能性がある。そしてトランプ大統領になれば最高裁の判事構成が保守化するのでCPPは挫折する公算が大きい。パリ協定の削減誓約を履行しないのならCPPをやる必要もなくなるという計算だろう。

拡大大統領選の討論会でモニターに映しだされたトランプ氏=10月19日午後、ラスベガス、矢木隆晴撮影
 クリントン氏はCPPを支持し、米国のエネルギー転換のために総額600億ドルに上るクリーン・エネルギー・チャレンジ計画を提案し、2020年までに電力の50%を再エネ化する計画を提案していた。更に300億ドル規模の石炭産業構造転換計画も提案していた。

 トランプ氏は米国環境保護庁(EPA)を解体しようとしている。これはエネルギー産業への環境規制が米国の産業の活力と成長を阻害しているという産業界の強い要求に由来する。同氏は石油、石炭、天然ガス及び水圧破砕法(fracturing)、国有地や海上での化石燃料の掘削などを全面的に推進し、エネルギー自給を実現し雇用を増やし成長の柱とする考えだ。キーストンXL原油パイプライン建設を支持してきた。なお同氏は石炭をクリーン・エネルギーと呼び、CO₂の地中貯蔵技術への投資を主張している。

 しかし、政府が規制するのでエネルギー産業は苦境に立たされているのではない。多くの専門家が論じている通り、安価な天然ガスが石炭を市場から追い出しているのだ。安価な再生エネルギーが化石燃料の将来に警告を発しているのだ。

 この厳然たる市場の現実をトランプ氏はあえて無視しようとしている。そして不経済な化石燃料投資を続け、先進的な再エネ投資を抑制する。このエネルギー孤立主義は米国経済を打ちのめすだろう。同氏がいかにビジネスの才能があり、常に正しい判断をしてきたと豪語していても、市場のシグナルに挑戦すれば、失敗しかねない。本当に明敏なビジネスの指導者なのかどうかが問われている。

筆者

西村六善

西村六善(にしむら・むつよし) 日本国際問題研究所客員研究員、元外務省欧亜局長

1940年札幌市生まれ。元外務省欧亜局長。99年の経済協力開発機構(OECD)大使時代より気候変動問題に関与、2005年気候変動担当大使、07年内閣官房参与(地球温暖化問題担当)などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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