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安全保障と学術、私の論考

根本の「財政赤字」を放置したまま議論しても意味はない

高部英明 ドイツ・ヘルムホルツ研究機構上席研究員、大阪大学名誉教授

 昨年、防衛省が大学等への競争的資金の公募を開始し、両義性(「デュアルユース」」が問題となったことで記事を書いた。書いたのは、私が20年近く悩んできた課題が表に出てきたと思ったからである。今回は表題に対し、自分なりの行動規範に関する論考を書きたい。さらに、その背景にある財政赤字について考察したい。

 問題は「民需」と「軍需」の両方への「応用」の可能性がある研究を、軍事への応用を指向している人や組織と研究交流をしながら大学などで推進するか、否かである。私の答えは明確で「否」である。断っておくが、基礎学術は必ずしも「民需」でもない。ある意味、芸術などに近い。この論考では基礎も「民需」の立場に入れて議論する。

 大学等には多様な考えの研究者がいる。特に若手には経験したことのない問題設定で戸惑う人もいると思う。だから、この論考では、応用研究の環境の中で基礎研究を積んできた経験を持つ研究者の私が、どのようなファクトを基盤に「否」と判断しているかを説明し、読者の判断の参考としていただきたい。

1.基礎学術への国家の期待

 皆さんは次のエピソードをご存じだろうか。1960年代後半、米国フェルミ研究所のロバート・ウィルソン所長は莫大な国家予算を加速器建設に使うことについて上下両院合同原子力委員会で釈明を求められた。 建造に反対する議員が「国家防衛の観点から、この機械には何の価値もない」と主張した。彼は「この装置は直接的には国家防衛には何の関係もありません。しかし、わが国を守るべき価値のある国にするという点では、おおいに関係があります」と反論し、予算が認められることになった。

 日本の全ての大学人も「自分の研究は日本国が世界から尊敬される国家であるために貢献している。それが私の研究の深部にある真の価値です」と主張できれば素晴らしい。

 韓国では最近まで「基礎学術」の競争的資金はなかったそうだ。全てが応用研究であったそうだ。2008年、小林・益川のノーベル賞を契機に「基礎研究の資金が創設された」と韓国の友人(宇宙物理)が喜んでいた。中国も似ている。私は上海交通大学と長く交流している。応用研究が主であったが、今年3月に訪ねたとき、暗黒物質の実験装置を見学し驚いた。研究者も米国帰りが多い。聞くと「日本がノーベル賞をたくさん取るのに何故、中国はとれないのか」という議論が盛んで、もっと基礎科学を広めるべきだと政府の理解が強まったそうだ。

基礎研究や目的研究は大学や国立研が政府予算で行い、最終的に実用化できれば企業が経済活動に導入する
 ところが日本政府はその逆に科学・技術予算を10年ほど前から産業との連携、そして今度は防衛研究との連携にも向けるようになった。日本経済の失われた20年を経て、政官共に「経済力向上のための科学・技術研究を支援する」という傾向が強くなってきた。例えば、2006年第1次安倍内閣で「5年以内に産業への応用を目指す大型研究支援」があり、私の部局では「次世代半導体製造の極端紫外光源」の研究が始まった。その頃からか、私の回りで、産業応用の話題を良く聞くようになった。同時に「産学連携」が大きく叫ばれるようになったと記憶している。産学連携の構造を左図に示す。

 学術というのは歴史的に貴族など大金持ちが科学者を金銭的に支援してきた。そうすることで貴族は上流社会での評価を高めていた。しかし、レオナルド・ダビンチは万能であったが故か、芸術で評価されにくいなら軍事のアイデアでパトロンに仕えた。まさに両義性の先駆けだ。彼の時代はそれが当然の生活の糧であった。現在、大学で行う基礎科学の資金は国費である。先の韓国、中国の例からもわかるように基礎科学への投資は「国家の品格」を高めたいという政府の価値判断に負う。現在の研究者はウィルソンよりさらに高度に、国家・国民にその大切さ伝えていく必要がある。

2.「大義なき戦争」と関わるのか

 今回の両義性の資金については「とうとうここまで来たか」という思いである。これは安倍政権の「安保関連法」「武器輸出解禁」から予想された動きともとれる。政府の理屈は

● 日本の輸出力強化のため、より高度な武器輸出を行う。そのためには産業界だけでなく学術界の協力も期待する。

● 現在のハイテクを駆使した紛争では防衛装備の科学・技術による高度化は、自衛隊員の身を守るために不可欠である。研究者に科学技術を通じた自衛への貢献を期待したい。

 という事であろう。しかし、この二つの法案を結びつけると以下の様な事が想像できる。

● 我が国の防衛力向上に寄与したつもりが、自分が関係した防衛装備が海外に輸出され、その地での大義なき紛争に使われ犠牲者を増やすことに貢献してしまう。

● 安保法制により、イラク戦争のような「大義」なき戦争に米国から巻き込まれる可能性が出てきた。その時、自衛のはずのハイテク装備が攻撃のための装備として活躍することになってしまう。

 それでも、両義性研究に関与するのか。

 もう一つ関連する法律は「特定秘密保護法」である。日本は良く「スパイ天国」と言われる。両義性の研究に携わる大学人から情報を入手しようという手が伸びることは十分考えられる。そして、もし情報漏れが明らかになると秘密保護法の対象になる。「いや、公募要領や実施要領にそのような記述はありません」と言っても、事件が起きれば新しい法律ができる。自衛隊員の家族が安保法制の際「戦争に巻き込まれるのか」と困惑していたように「法律は後から着いてくる」ものである。

 たぶん、資金提供の話があったとき、まずは、思考実験をして将来どのような事が起こりうるかを考える必要がある。その際、相手の説明や自分に都合の良い要素だけで未来を描くと大変危ない場合が多い。これは生活全般の常識である。

3.「学術研究」と「目的研究」

 主題の議論をもう一つ踏み込んで、論考を展開したい。

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