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防衛省の基礎研究支援は日本では禁じ手だ

「免疫」のない日本人研究者の人情につけ込むずる賢い手段

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 日本の基礎研究に防衛省(防衛施設庁)の予算が加わった。参入にあたって防衛施設庁は、研究成果の公開の許容など、科学者からの心理的敷居を減らす工夫をしている。予算が2年で急増したこともあって、予算確保に厳しい研究者にとっては絶妙な蜜と化している。

 このニュースを見たとき、はじめは「そんなの米国では普通だ」と反応したものの、日本人の人情とこれまでの状況を考え合わせて「それは禁じ手だ」と感じた。その理由を一言でいうと、日米の研究者の軍予算に対する「免疫」の差にあろう。米国では国防軍予算の中の基礎研究予算が昔から非常に大きく、軍から予算をもらったからといって、軍事関係の依頼が断りづらくなるというようなことはない。「それはそれ、これはこれ」とドライに割り切れる。しかし、日本人は一般にドライに断ることができない気がするのだ。それ故に科学者が戦争技術の研究に取り込まれる不安がある。その意味で、防衛施設庁の「基礎研究支援」は日本人の人情につけこむずる賢い手段といえよう。

 この件に関しては、学術会議でも議論に上がっているそうだが、日本の科学者のこうした「免疫のなさ」という問題についてはあまり議論されていない印象を持った。学術会議のメンバーには、米国の軍事予算由来の研究費を受け取った経験のある者が少ないから、具体的な想像が難しいのではあるまいか。

大学院の奨学金は米国空軍のお金だった

 私は大学院生時代、国防軍の研究費を貰っていた。正確に書くと、教授から学科経由で出される奨学金の予算の元が、空軍の研究費だった。奨学金という形ゆえに、留学当初は、空軍のお金で私の奨学金が賄われていることを知らなかったし、1年半ほど気付かなかった(単純に同じ学科内の他の大学院生と同じ自然科学財団だと思っていた)。

 研究費の題目は今で言う宇宙天気予報で、今も昔も全米科学財団(NSF)の助成対象の一つだが、同時に、自然災害から「国を守る」という面において国防軍(Defence)の仕事にも含まれ得るのである。国防軍の仕事が、戦争から国を守るだけでなく、自然の脅威からも守るところまで含むお国柄が出ている。

 他には、戦闘機や軍事衛星など、軍のインフラを使った方が効果的な研究にも、同じように基礎研究費が出る。私の分野では、真夜中でのオーロラの発達を調べるためにジェット機を(地球の自転を相殺するように)西向きに飛ばして、ずっと「午前0時」の位置から観測した例や、軍事気象衛星「DMSP」にカメラを載せてオーロラを撮像した例がある。DMSPは、数年ごとに同じ装置を載せて同じ軌道を回る衛星で、データの一部が公開されて過去30年以上に渡るデータが集積されており、磁気圏・電離圏研究では世界で最も重宝されている衛星の一つとなっている。

DMSP(Defense Meteorological Satellite Program)5号機想像図。1962年にプログラム35として第1号機が打ち上げられて以来、継続的に更新し、2014年に19号機が打ち上げられている。データの初公開は1973年。空軍が製作・打ち上げを担当するが、その有用さから、今では海洋気象局(NOAA)が運用を行なっている。
DMSP17号機と18号機から撮ったオーロラ画像。Paul MaCrone提供(パブリックドメイン)

 インフラと言えば、軍事研究で有名な研究所に、非軍事の基礎研究部門が並立している所も多い。しかも彼らは戦争関係の研究とは全く無縁だ。私の関連する太陽系探査・地球磁気圏探査では、軍事研究で有名な「ジョンズホプキンス大学応用物理研究所」「サウスウエスト研究所」「ロッキード研究所」に世界のトップ研究者が名を連ねる。

 このような事情だから、国防軍からの研究費を貰っていても、それは単に自然災害から国や国の財産(人工衛星等)を守るための基礎研究である場合が少なくない。要するに「戦争に関連した研究費」とは無関係で、だからこそ「戦争のための研究」に対しては平気でノーと言えるのである。実際、かつてレーガン大統領がスターウォーズ計画(SDI)を進めた際、それ関係の基礎研究費がばらまかれたが、こちらの方にはオーロラ研究者は見向きもしなかった。

 他に、上記研究所に勤める知人によると、給料すらも研究費で申請する米国特有の契約システムも考慮すべきだそうだ。給料が

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