生きもの好きな日本の少年が住み着いたワケ
2016年12月21日
世界自然保護基金(WWF)の「生きている地球レポート2014」によると、生きている地球指数が1970年比で52%も低下している。
たった四十数年で自然の豊かさが半減したというのだ。いまは、もっと減っているはずだ。「現代的」な暮らしを謳歌(おうか)する人類の欲が、世界の自然を隅々まで食い荒らした結果だろう。人間の経済のために、生物多様性が急速に失われており、そのスピードは残念ながら増しているのである。毎年1万種の生物が絶滅していると考えられ、現在、2万種を超える野生の動物や植物が、深刻な絶滅の危機にさらされているという。
コスタリカは中央アメリカに位置している。そこには、探検昆虫学者の西田賢司さん(44)が研究拠点にしている「最後のとりで」とも言うべき自然豊かな森がある。生物多様性の宝庫、コスタリカの有数の雲霧林のひとつで、自然保護区にもなっているモンテベルデのことだ。
その面積はおよそ1万500ヘクタール。モンテベルデはコスタリカを代表するエコツーリズムのデスティネーションになっている。1998年からコスタリカに暮らし、3年前からモンテベルデに移り住んで、昆虫の中でも特に小さな蛾(ガ)の研究を行う西田さんを訪ねた。どのような研究をしているのか、またコスタリカの魅力や課題について聞いてみた。
今まで就職しようと思ったこともないし、仕事を探したこともない。昆虫のなかでも特に小さな蛾を研究するということには、自然と行き着いた。
母が言うには、僕は1歳になる前から一人で庭に出て、小さな草むらのような場所で身の回りの小さな自然をずっと眺めていたそうで、冬場でも6時間も雪の中に座り込んでニコニコしていた。そんな感じで、身近にいる小さな生きものたちと触れ合っていたんじゃないかと。
2~3歳からは、虫を捕まえて触れ合っていた記憶が残っている。昆虫の標本を本格的に作り始めたのはコスタリカに来てから。ずっと昆虫少年だったわけではない。ただ自然が好きで、生きものが好きな普通の少年だった。
家は駅前すぐにあって、森や林がない開発されたところ。ちょっとした田畑やドブ川があったぐらい。カブトムシを捕まえたり、買ったりして飼うなんてことに興味はなかった。大阪の都心部や町中の家の周りにいるアブラゼミ、クマゼミ、アゲハチョウやモンシロチョウを採集するだけで十分楽しかった。母屋の畑のパセリにつくキアゲハの幼虫や桜につく毛虫などを飼っていた。そのころ、将来何になろうと考えたこともなかった。
物心ついたころには、いろんな生きものたちの世話を始めていた。水槽をきれいにしたり、庭いじりが好きだった父と野菜を植えたり、土を耕したり……。家では、金魚やメダカ、犬、猫、チャボ、インコなどを飼っていた。通っていた小学校には鳥小屋やウサギ小屋があって、飼育係を担当した。自然に掃除や世話の仕方を覚えた。こういった経験が、コスタリカでも生きていると思う。
人間の基礎(芯の部分)は、小学校低学年ぐらいまでには出来上がるのではないかと思う。虫が好きというか、自然と生き物が好きということはずっと続いているが、虫捕りは小学生中学年ぐらいで終わっている。中学校から大学までは、テニス(軟式と硬式)に打ち込んだ。大会での優勝経験も何度かある。
テニスはうまかった。小さい頃から網を振っていたし、身近にいる、動く、小さな生きものたちを目で追いかけていたり、走って捕まえたりしていたのでバランス感覚や動体視力が養われた。ラケットを振るスポーツはすぐにうまくなった。何をやっていてもどこかでつながっているんだと思う。
夢は特になかった。先は分からないし。今やっていることで精いっぱいというか、今やっていることに集中し、精神と時間をつぎ込む感じだった。
日本の中学を卒業後、「アメリカに行く選択もあるよ」と母親の一言で、15歳で単身渡米を決意。アメリカのアーカンソー州の田舎町で、高校3年、大学5年間を過ごし、コスタリカの大学院へと進んだ。
大学では生物学を専攻した。大学を卒業する頃、皆が就職活動していたときに、大学院で「虫の勉強がしたい」と思った。そこで昆虫の勉強ができる大学院を探し始めて、一番行きたいと思ったのが国立コスタリカ大学だった。
コスタリカは熱帯で昆虫が多く、軍隊も自衛隊もない。それに、暮らせば無料でスペイン語も身につけられる。アメリカや日本の大学院に進む日本人の友人もいたけれども、違う国で、違う言葉で、また違ったことがしたかった。
教育の質が高いと知っていたので、コスタリカ大学の生物学部に手紙を出したものの、返事が来ない。
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