碑文2千字に刻まれた半世紀の闘い
2016年12月28日
スーパーカミオカンデは、ノーベル物理学賞受賞の舞台となった東大の研究拠点である。そこは岐阜県の神岡鉱山(旧茂住坑)の跡地である。その神岡鉱山は、日本の公害病第1号のイタイイタイ病の発生原因であるカドミウムの排出源であった。なぜ、イタイイタイ病と呼ばれるかと言えば、全身の激痛と骨折により、「イタイ、イタイ」と泣き叫ぶ患者が富山県の神通川流域に、大正中頃から昭和初期にかけて発生しはじめたからである。さらに、それ以前からも稲の生育などが阻害される農業被害が発生していた。
その原因が、神通川上流の岐阜県神岡鉱山から排出される鉱毒に含まれるカドミウムだと指摘したのは、昭和30年代後半、地元の医師の萩野昇氏と農学者の吉岡金市博士である。このカドミウム原因説は、多くの医学者らの研究により次第に確立され、これが1968年5月の、「イタイイタイ病の原因は神岡鉱山が排出したカドミウムとする」厚生省見解のもとになり、わが国初の公害病認定となった。
これより前1966年11月、被害者家族は、イタイイタイ病対策協議会を結成し、苦難の中で、大会社を相手にするため、「戸籍をかけて」1968年3月、神岡鉱山を所有する三井金属鉱業を被告とする訴訟を富山地方裁判所に起こした。
今年2016年11月は、そのイタイイタイ病対策協議会結成からちょうど半世紀が経過し、「イタイイタイ病闘いの顕彰碑」が建てられ、碑文が刻まれた。本文はその内容に基づいている。
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