その5 下 OECD事務次長、玉木林太郎氏に聞く
2017年03月15日
パリ協定の発効でお金の流れはどう変わるのか。経済協力開発機構(OECD)事務次長の玉木林太郎氏のインタビューを続ける。
――パリ協定は、世界の工業化後の平均気温の上昇を2度より十分に低く抑えて1.5度を目指すとか、今世紀後半に温室効果ガスの排出を実質ゼロにするとか、ちょっと前なら「冗談でしょ」と言われるような内容になっています。多くの人は、そんなことやれるわけないし、決めるわけないと思っていました。
――日本のこの問題に対する関心の低さは、パリ協定の批准の遅れにも表れていたと思います。なぜ、日本では真剣に受け止められないのでしょうか。
玉木 それは、むしろ私が聞きたいぐらいです。私なりに考えてみると、一つには、日本にはほかの国にないリスクがあります。典型的なのは、いつ起こるか分からない巨大地震。分かっていても避けられないリスクの上で人々は生きていかざるを得ない。いちいち気にしていたら暮らせないという気持ちでしょうか。
日本に限りませんが、今世紀後半は遠い将来だから、長期の話は明日考えればいいね、明後日でもいいね、と先送りしてしまう。政治も、ビジネスも長期的な考慮を意思決定に組み込むのは苦手です。Tragedy of horaizon(地平線上の悲劇)という言い方をすることもありますね。
玉木 さらに、日本には人的資源はあるが、エネルギーなどの天然資源が欠けているから、何とか資源を確保していかなければならない、という思いが強く、石油、石炭、天然ガスなどの供給を最優先に考えてきたということもあります。
それに、私たち日本には「環境先進国」という意識があって、「省エネの進んだクリーンな日本が何かする必要はないでしょう。日本の優れた環境技術を輸出すれば、それが一番、世界のためになる」という論調もあります。
エネルギー供給と言うとすぐに原子力の話にぶち当たってしまうというのも日本の問題です。
――日本は、政府としてパリ協定にきちんと対応しているとは思えない。環境省、経済産業省、外務省、財務省が、バラバラです。
玉木 気候変動や低炭素経済への移行、脱炭素という課題には、環境省の枠をこえて、政府全体の取り組みが必要です。大統領府、首相府が担当するような、広範な政策対応が求められます。
スウェーデンでは担当大臣がいます。とは言っても簡単ではないのはもちろんです。まずは、環境省以外の各省、経産省、財務省、農林水産省、国土交通省などに、低炭素経済への移行という課題と、それぞれの役所の担当する制度・政策が不整合(ミスアラインメント)になっていないか、を点検してもらいたいと思います。
環境金融も、本来なら環境省と金融庁が、一緒にやるべきだと思います。この分野での英国の旗振り役は、日本の日銀にあたる中央銀行総裁です。「低炭素経済への移行が金融システムの不安定を招かないか」という切り口です。金融安定化の問題として捉えれば、金融庁、財務省、日銀、全銀協、日本証券業協会などが、盛んに議論してもいいテーマです。
金融用語で、委託を受けた者の義務のことを「フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)」と言うのですが、投資信託、アセットマネージメント、ファンド業界などが、資金運用を委ねた投資家に対する責任を果たすには、投資先の企業が脱炭素を経営課題として適切に扱っているかを考慮しなければいけません。その考えも広まってきました。
これは、投資家から運用者を経て、企業に対するプレッシャーになります。企業はこうした投資家の声に応えるためにも、自らの気候変動関連の企業情報を開示していかねばならない。金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が昨年12月、開示のためのガイドライン案を公表しました。
金融界を含む民間のイニシアティブはかなりのスピードで進んでいます。ダイベストメントの動きはその一例ですが、低炭素経済への移行についていかないと、ビジネスの世界では損をすることになるから、政府まかせにすることなく、民間サイドでも事態が進んでいるのだと思います。
易しく言うと、こうなります。生命保険や養老年金に金を預けている人たちが、「投資戦略の中にこの問題を入れていますか」と、プレッシャーをかけるようになってきた。これに応えて、フランス最大の保険会社のアクサ、独最大の保険会社アリアンツ、年金基金、大学の基金など、5兆ドルを運用している688団体が、化石燃料の一部、または全部から引き揚げを宣言した。「石炭の株価はこうですけど、こういうところへの投資は引き揚げました」と。
下がっていく株に投資しているところに金を預けている人は、
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