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卵子の老化とガラスの靴

今、どの選択肢を選ぶべきか

石井哲也 北海道大学教授

 卵子が老化する事実は5年前、NHKで放送されて以来、知られるようになった。女性の加齢に伴い、妊娠や出産の可能性が減少することは生物時計と呼ばれていたが、その実体の一つは「卵子の老化」だと指摘され、人々は衝撃を受けた。

拡大現代女性にとって、人生を変えるガラスの靴とは…
 シンデレラは午前0時に魔法の効果が解けることに思い出し、急いで城の階段を駆け降りる。その時、ガラスの靴を片方落としてしまうが、後で彼女の人生を大きく変える。現代のシンデレラにはガラスの靴ではなく、生殖医療がある。卵子の時計の動きを止める、あるいは針を戻す方法をよく耳にする。

 妊娠、出産に向けて、今、どれを選ぶべきか?

卵子の老化を止められるか

 卵子老化を復習しよう。卵子の素となる細胞は出生前に全て分裂を終えている。以後は増えず、減少の一途をたどる。初潮の頃、体内に卵母細胞は約30万個あるが、28日周期で成熟卵子が1個程度排卵されるが、同時に数十個の卵母細胞も成熟して無くなる。加齢とともに体内に残っている卵母細胞も年を取り、質つまり発生能が低下する。卵子老化は絶え間なく進行するが、特に、落ち始めるのは35歳頃だ。

 また、35歳以後の出産は高齢出産といわれている。女性の初婚年齢は29歳(平成23年時)だから、あっという間だ。男性の場合、生涯、幹細胞から精子が作られることもあり、女性に比べると加齢の影響は小さい。

 実際、卵子老化に対して、どのような選択肢があるのか。「卵子」でネット検索すると、「老化」のほか、「質を上げる」あるいは「老化を防止する」食事、生活習慣、サプリや医療の情報がたくさん出てくる。食事や生活習慣は大切だが、卵子老化自体を止められない。最近、ビタミン様物質のコエンザイムQが、卵子の中にあるミトコンドリアという器官の機能を回復し、質を改善させるという論文をよくみかける。だが、その効果はまだ定かではない。

課題が多い卵子凍結

 35歳よりずっと若い女性にとって、昨年、浦安市が助成した卵子の凍結保存は魅力的かもしれない。偶然だが、ここにもガラスが登場する。ガラス化保存法という方法で、老化が進む前に液体窒素の中で卵子を凍結することで、時計を止めるのだ。その間に仕事にまい進する、スポーツや趣味を極める、後で卵子を解凍し出産する。なかなか良さそうだ。

 しかし、自由診療となり高額なコストがかかる。また採卵にはリスクがあり、採卵針での出血や感染、人工過排卵刺激による副作用(重症例は約1%)の恐れがある。高齢出産となると妊娠合併症のリスクは高い。卵子凍結に使う耐凍剤が子どもに与える長期的影響もまだ不明だ。

 そもそもだが、いざ家族をつくる際、凍結卵子を使う体外受精を第一選択肢とするだろうか。夫婦で体を合わせて子が授かった場合、凍結した卵子は結局捨てられるかもしれない。考え合わせると、今、健康な女性に卵子凍結はお勧めできない。

提供卵子なら成功率は高いが

 30代中盤以降の、不妊治療中の女性は卵子老化に直面することになる。職場に気を使いながら有休をとり、投薬や針刺しに耐えて採卵に挑み、期待を抱いて一回40万円の体外受精を受けても、胚が全て育たない、育った胚を移植したが妊娠しない、妊娠したが流産という辛い経験を年単位で繰り返している人も多い。

 日本は治療回数で世界一位で、二位の米国を大きく引き離し、年間24万回以上だ。しかし、成功率は他国と比して低い。その主な理由は ・・・ログインして読む
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筆者

石井哲也

石井哲也(いしい・てつや) 北海道大学教授

1970年群馬県生まれ。北海道大学博士(農学)取得。京都大学iPS細胞研究所などを経て2013年より北海道大学安全衛生本部勤務、現在、同本部教授。生命倫理、特に医療と食分野に関心がある。市民向け講演やNHK番組出演でも活躍。単著に「ヒトの遺伝子改変はどこまで許されるのか」 (イースト新書)など。