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「遺伝しうるゲノム編集」を容認

米国科学アカデミー、「能力強化」は議論継続

粥川準二 叡啓大学准教授(社会学)

 2月14日、米国の有力な科学者団体「米国科学アカデミー」は、次世代にも「遺伝しうる」ゲノム編集を、条件付きで認める報告書をまとめた。遺伝病の原因遺伝子を持っていて、それを自分の子どもや孫に伝えたくないと思う人々のなかには朗報と受け止めた人もいるかもしれない。しかしこの技術に不安を抱く人々にとっては、ディストピアへの第一歩に見えたかもしれない。

 以下、その内容を検討してみる。

「遺伝しうるゲノム編集」とは?

 報告書の題名は「ヒトゲノム編集 科学と倫理、ガバナンス(統治)」。243ページあり、これをまとめた委員会からの「勧告」を14条にまとめている。

米国の科学アカデミーがまとめた報告書の表紙
https://www.nap.edu/catalog/24623/human-genome-editing-science-ethics-and-governance
 生物のゲノムを、ワープロで文章を編集するように切り貼りするゲノム編集。人間でも動物でも、ゲノム編集を行う対象が体細胞であれば、編集の結果がその子どもや孫に遺伝することはない。このタイプのゲノム編集は「体細胞ゲノム編集」と呼ばれている。しかし受精卵や初期胚、精子、卵子であれば、結果は子孫に伝わる。このタイプのゲノム編集は「生殖細胞系ゲノム編集(germline genome editing)」と呼ばれるが、日本のメディアは「受精卵ゲノム編集」と呼ぶことが多い。

 この報告書は生殖細胞系ゲノム編集を「遺伝しうるゲノム編集(heritable genome editing)」と呼んでいる。

 報告書が人々の注目を集めたのは「遺伝しうるゲノム編集」について、遺伝子が改変された胚を実験室で観察すること(基礎研究)だけでなく、子宮に移植すること(臨床応用)を容認したからである。

 2015年12月、この報告書をまとめた米国科学アカデミーも共催団体になって開かれた「ヒト遺伝子編集国際サミット」では、基礎研究は容認されたものの、臨床応用はその時点では「無責任」とされ、認められなかった。日本では2016年4月、内閣府の生命倫理専門調査会が同様の判断を「中間まとめ」として公表したが、その後、指針づくりなどは関連学会が行うことになった。

 専門家たちのコンセンサスはわずか1年あまりで大きく変化したことになる。

 もちろん、この判断によってすぐに「遺伝しうるゲノム編集」の臨床応用が始まるわけではない。法律やガイドラインで禁止されている国では、それらが改定されない限り、行うことはできない。日本では、遺伝子治療の臨床研究の指針が「生殖細胞等」の「遺伝的改変」を禁止しているので、これが改定されない限り認められない。

 この報告書もまた、無条件で認めているわけではない。以下のような基準を満たす場合のみ、「遺伝しうるゲノム編集」を使う臨床試験の実施を認めている(102〜103ページ)。

・ 合理的な代替案がないこと
・ 深刻な疾患や症状を防ぐことに限定すること
・ 深刻な疾患や症状を引き起こす、または確実に原因となることが説得的に示されている遺伝子の編集に限定すること
・ 深刻な疾患や症状を引き起こす遺伝子を、その人口集団でよく見られ、普通の健康に関連し、有害事象を起こす可能性が少ない遺伝子に入れ替えることに限定すること
・ その遺伝子編集のリスクや便益について信頼性の高い前臨床データと臨床データが利用可能であること
・ 臨床試験の間、その遺伝子編集が被験者の健康や安全性におよぼす影響を、継続的かつ厳格に監視すること
・ 人としての自律性を尊重しつつ、長期的で世代を越える包括的フォローアップを行う計画があること
・ 患者のプライバシーを守りつつ、最大限の透明性を保つこと
・ 健康と社会の両方に対する便益とリスクを継続的に再評価すること、そのさいには幅広くて継続的な一般市民の参加や周知をともなうこと
・ 深刻な疾患や症状を防ぐものではない利用法に拡大するのを防ぐため、信頼できる監視機構があること

メディカル・ツーリズム

 興味深いのは容認の理由である。報告書は「ある状況では、これから生まれる子どもの深刻な疾患や障害というリスクを最小化しつつ、遺伝学的なつながりのある子どもを持つことを望む親たちにとって、遺伝しうるゲノム編集は、最も許容可能な選択肢をもたらすだろう」と書く。一方で、進化に介入することは認められないという見解や意図しない結果への不安があることも指摘し、それらに対する「警戒」が必要であることも強調する。しかしながら

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