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WELQ不正を生んだネット技術の二面性

「先端」と「底辺」で苦悩する貧困クラウドワーカー

伊藤隆太郎 朝日新聞記者(西部報道センター)

 医療情報サイト「WELQ」(ウェルク)をはじめとして、IT大手企業のDeNAが運営する多くの「まとめサイト」で、多数の不適切な内容が見つかった。同社の10サイトについて第三者委員会が調べたところ、74万点を超す画像や、最大で2万1千本の文章に、不正なコピーなどの著作権侵害の可能性があることが分かった。

 この第三者委員会が発表した「調査報告書」が興味深い。300ページ近い大部だが、現代のネット社会が抱えている問題点を理解する解説書としても、とても有用だ。同社サイト内の「IR・投資家情報」で全文を読める。

記者会見して謝罪するDeNAの守安功社長(左)と南場智子会長
 報告書は、整理された「用語集」から始まり、背景となる技術解説や制度説明をしたのち、問題解明へと踏み込んでいく。不正コピーの発見に活用される「コピペチェックツール」の存在などが明らかにされ、大いに勉強になる。

 朝日新聞の論壇委員である津田大介氏は、3月の「今月の3点」の一つにこの報告書を挙げた。「今後のネットメディア運営を考える上で非常に重要な歴史的資料になるだろう」と、高く評価している。

 歴史的な転機ともなりえるWELQ不正の背景を、考えたい。

不正を支えたクラウドソーシング

 報告書でも紙幅を費やされたのが、不正な記事を生み出した「クラウドソーシング」の問題点だ。まとめサイトの原稿や写真の多くは、外部のフリーライターによって作成されていた。短時間で大量の受発注を可能にしているのが、クラウドソーシングと呼ばれるネット上のしくみである。

 ネット用語の「クラウド」には、二つの意味がある。cloud(雲)とcrowd(群衆)だ。

 「クラウド共有」や「クラウドサービス」などと使われる場合は、前者の「雲」にあたる。文書や写真などのデータをネット上で共有し、「どこにデータがあるかを意識する必要がない」という意味で、いつも頭上にある雲の比喩が使われる。

 一方、クラウドソーシングは後者だ。「群衆への業務委託」(sourcing)を指す。インターネットが普及して、必要な時に必要な人材を不特定多数から集められるようになった。

  矢野経済研究所の調べでは、クラウドソーシング市場は2011年以降に急成長した。翌年に100億円を突破し、18年には1820億円に拡大すると予測している。業界最大手のクラウドワークスは昨夏、「クラウドワーカー数が100万人を突破した」と発表した。他社もこれを追い、数十万規模のワーカーを抱えている。

400字の原稿料が100円程度

 この手軽な発注のしくみが、WELQの不正を支えていた。クラウドソーシング各社から発注される業務のうち、もっとも主要な分野が「ライティング」(原稿執筆)で占められている。

 だが、その報酬が驚くほど安い。「1円ライター」という言葉も生まれている。1文字=1円という意味だ。まるで文字入力やテープ起こしの単価かと見まがうが、あくまで著作物であるはずの原稿料である。

 しかも、「1文字=1円なら、まだまし」という声まで聞かれる。実際は「1文字=0.5円」や「1文字=0.2円」の仕事が飛び交う。つまり400字の原稿用紙1枚を書いて、原稿料は100円程度。さしずめ朝日新聞記事なら、1面の「天声人語」の原稿料が缶ジュース程度という計算だ。

肩こりの原因を「幽霊が原因かも」と解説した医療情報サイトWELQの画面
 とにかく量とスピードが重視され、品質は問われない。WELQの記事のなかには、「肩の痛みや肩こりに悩まされている」という医学的なテーマをめぐって、「肩にたくさんの霊が乗っているのかも」と説明しているケースまであった。でたらめさも途方ない。

 政府の『中小企業白書』においても、「新しい可能性」と高く評価されたクラウドソーシングだが、業界が急成長する一方で、ワーカーたちは取り残されている。なぜ、こんな条件で働くのか。クラウドワーカーを取材すると、厳しい現実が見える。

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