須藤靖(すとう・やすし) 東京大学教授(宇宙物理学)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。第22期・第23期日本学術会議会員。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に、『人生一般二相対論』(東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『この空のかなた』(亜紀書房)、『情けは宇宙のためならず』(毎日新聞社)、『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)などがある。
学術会議の声明を受けて
1年以上にわたって日本学術会議が取り組んできた最重要課題が、安全保障と学術の関係である。その議論をまとめた結果が、「軍事的安全保障研究について」と題した声明、及び報告として、それぞれ2017年3月24日、4月13日に発表された。ウェブサイトから誰でも入手できる。
当初は4月13、14日に開催される学術会議総会の場で採決を経て声明が決定される予定であったが、(様々な状況を考慮した結果)3月24日の幹事会で決定、総会ではそれを受けた議論を行うということになった。
このプロセスは完全に学術会議の規則に則ったものであるものの、問題の重要さから本当に適切だったかについてはいろいろな意見もある。ただ個人的には、この声明と報告は概ね適切なものであり、学術会議がそれを決定し広く社会に公表するに至った点を、まず評価すべきだと考える。今回は、発表された声明と報告の文書をもとにして、我々が今後何をなすべきかについて考えてみたい。
おそらく今回の声明においてもっとも議論が分かれるのは、防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」への対応に関する解釈であろう。声明からそれに言及した部分を抜き出してみよう。
軍事的安全保障研究では、研究の期間内及び期間後に、研究の方向性や秘密性の保持をめぐって、政府による研究者の活動への介入が強まる懸念がある。
防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」(2015年度発足)では、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しく、問題が多い
これをどう解釈するか、という問題である。そこで、私がこれに基づいて、次の設問を大学入試で出題したとしよう。
問:この文章の意図として最も適切だと考えられるものを選べ。
ア「安全保障技術研究推進制度」に応募すべきではない
イ「安全保障技術研究推進制度」に応募してもよい
ウ「安全保障技術研究推進制度」に応募すべきかどうかについては述べていない
むろん正答はアだ。それに対して予備校からクレームがつくとは思えない。逆に、イあるいはウを正答として発表すれば、必ずやどこかでクレームがつくはずだ。場合によっては、責任者が謝罪し、その設問は全受験生を正解とするといった会見を余儀なくされることすらあろう。しかし驚くべきことに、学術会議の会員の中にはアを正答と認めない先生がいらっしゃるらしい。
これは、「この文章の意図としてもっとも適切」という部分が理解されてない(あるいは意図的に無視している)ためだ。つまり、設問とは無関係に、「自分の意見」がイである場合、そこから出発して問題文を読み解くと、「アと断言した箇所はない → したがってウである → ということはイを正解としても差し支えない」と連鎖的に思考してしまうからだろう。
自分の意見と文章の意図とを区別できないのは重要な国語力の欠如である。入試であればまさに不合格とすべきレベルだが、そのような思考をしてしまう人が学術会議会員の中にいるとするならば、由々しき問題である。大学では、入試委員会委員長として謝罪会見をするべき立場の方々のはずだからだ。
4月14日の総会時の議論では、この声明に明確な反対意見を述べられた方がいた。私はその方の主張そのものには全く同意しかねる。しかしそれは別とすれば、その方は上述の設問の答えがアであることを正しく認識されているようだ。その意味において、主張は異なっていようとその方の「姿勢」は尊重すべきだと考える。そもそも本質的に多様な意見があるはずの問題に対して、反対意見を述べる人がいない会議には何か裏があると疑うべきである。その観点からも、今回の総会での議論は有意義だったものと評価したい。
むしろ私が懸念するのは、この声明に賛成しておきながら、上の問いの正答はアではなくイだと主張する人が今後現れる可能性である。
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