メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

2050年脱炭素ビジョンのすすめ

経産省の「長期地球温暖化対策プラットフォーム報告書」を読んで

西村六善 日本国際問題研究所客員研究員

 パリ協定の最も重要なことは脱炭素を決めたことだ。第4条第1項は持続可能な発展の脈絡の中で、今世紀後半には排出と吸収のバランスを実質ゼロにするよう締約国は排出を削減すると規定している。

 現在、我が国では2050年時点のCO2排出を現状より80%削減することが長期ビジョンとして議論されている。しかし、パリ協定では、2050年以降の早い時期に脱炭素を実現しなければならない。長期ビジョンを議論するなら、本当はパリ協定に即して「脱炭素」をどう実現するかを議論すべきだ。

 明らかにパリ協定では脱炭素が大目的だ。しかし、経済産業省の長期地球温暖化対策プラットフォーム報告書では、地球温暖化対策の大目的は「持続可能な発展だ」としている。パリ協定では「持続可能な発展」は「脈絡」に過ぎない。パリ協定とは異なる目的が導入されている。

 これは一体どういうことか? 持続可能な発展に異議のある国は無い。なぜ「当たり前なこと」が強調され、本来強調されるべき「脱炭素」が強調されていないのか?

 パリ協定以降、世界のすべての国は低炭素発展戦略を定期的に策定し提出することになった。次第に「温暖化対策」という用語自体が時代遅れになるだろう。どの国も「脱炭素エネルギー体制」を目指すからだ。思考の切り替えが必要だ。

脱炭素は不可能なのか?

 この切り替えが無いと、長期ビジョンの議論も混乱する。「温暖化対策」のままなら、外国の温暖化対策に協力することが貢献だという議論になる。気候科学は不確実だという議論が生まれる。温暖化は最適解のない問題だ、厳格な数値的行動は不必要だ、といった観念を生む。国際情勢は不確実だし、フリーライダーは出てくるし、万事が不確実だから、状況の変化に合わせて行動を柔軟に変化させる「しなやかさ」が必要だということになる。

拡大製鉄所などが立ち並ぶ名古屋港の東沿岸=2013年3月
 報告書は「2050年80%削減」ですら、「現在の技術を前提として国内対策のみで実施すると、巨額のコスト負担や産業の衰退を起こしかねない」と論じている。仮に業務、家庭、運輸、エネルギー転換部門をほぼゼロエミッション化できたとしても、80%削減という水準では、農林水産業と2、3の産業しか国内に許容されない、ともいう。「エネルギー関連インフラを総入れ替えすることが必要となり、巨額のコスト負担と痛みを伴う産業構造の大転換を意味する」と言うのだ。重要政策が山積する中で、負担を伴う構造転換は困難という結論だ。

 国民がやるべきことについても、「省エネや既存の低炭素技術の普及など、やっておいて損のない対策は、早く実行しても後悔しないからちゅうちょなく実施すべきだ」とする一方で、「地球温暖化対策に『あらゆる施策の総動員』をすることは、なじまない」とも言う。どうやら本旨は「ホドホドで行くべきだ」ということのようだ。

 その上、単純な疑問に答えがない。産業構造の大転換は「大変な痛み」だと言うが、痛みやコストだけではないはずだ。産業構造の転換がコストと痛みを伴うだけなら、誰も投資しなかったし、今日の日本も無かった。投資も、構造改革も、損失や負担だけではない。機会は増加し、雇用も増加し、所得も増え、競争力も格段に強化された。輸出も増加した。痛みやコストは成長の中で対応できた。この至極当然のことがなぜ論じられていないのか?

 時間軸も極めて重要だ。コストがかかりすぎ痛みを伴うというが、いつ、どこにどういう痛みが出るのか? これまで成功してきた政策対応に、さらなる改良を加えてやってもダメなのか? 過去70年間、次々と構造転換をしてきた我々の原体験とは本当に違う問題なのか?  ・・・ログインして読む
(残り:約1806文字/本文:約3306文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

西村六善

西村六善(にしむら・むつよし) 日本国際問題研究所客員研究員

1940年札幌市生まれ。元外務省欧亜局長。99年の経済協力開発機構(OECD)大使時代より気候変動問題に関与、2005年気候変動担当大使、07年内閣官房参与(地球温暖化問題担当)などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。

西村六善の記事

もっと見る