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パリ協定を離脱するトランプ大統領の大誤算

温暖化防止への国際協力は壊れない

西村六善 日本国際問題研究所客員研究員

 トランプ氏がパリ協定の離脱を表明した。周知のとおり、選挙期間中からの公約だった。エネルギーの完全な自給自足を追求し、キーストンXL原油パイプライン建設を支持し、洋上や北極海域、国内の公有地での石油等の掘削を推進する。オバマ政権のエネルギー転換政策である「クリーン・パワー計画」(CPP)は廃止して、環境規制を撤去し、エネルギー部門での生産と雇用を増やす——。基本的にこういう考えであった。

 特に石炭再生にかける執念は強かった。貧困な産炭地域の白人労働者たちを自分の重要な支持層だと考え、彼らを救済すると選挙運動中に強く公約した。これらを実行するには、パリ協定は邪魔だった。

拡大ホワイトハウスでパリ協定からの離脱を表明するトランプ米大統領=1日、ワシントン
 パリ協定に基づく気候変動基金への拠出もしない考えだ。環境保護庁(EPA)の長官には、EPA自体を法廷へ引っ張り出したプルイット氏を任命した。気候変動に関するあらゆる予算を減額し、途上国のエネルギー転換を促す国務省の予算も大幅に削った。科学者をEPAから追放し、温暖化問題という用語の使用すら禁止した。そういうことを平然とやっている。

 保守派の指導者は、こういうトランプ大統領の環境否定政策をおおむね支持した。上下両院の指導層や有力議員、一部の業界、温暖化の科学を否定する研究者たちだ。AEA(American Energy Alliance)などはその典型だ。ヘリテージ財団などの論客がパリ協定への反対論を展開した。マコネル上院院内総務ら上院議員22人の連名の手紙が、トランプ大統領の意思を決定づけたとする報道もある。ペンス副大統領、セッションズ法務長官、バノン ホワイトハウス戦略補佐官も強い反対派だった。

間違いだらけの離脱議論

 しかし、トランプ大統領やプルイット長官らの議論は薄弱だ。パリ協定は中国やインドに有利で、彼らは約束を守っていない。今後も常に国際官僚に牛耳られ、5年ごとにより重たい削減誓約を迫られる。パリ協定はせいぜいごく僅かな温度上昇を抑える効果しかないのに、米国は環境規制を強化しなければならない。その結果、自由なエネルギー投資は抑制され、電力料金は高騰し、炭鉱労働者は職を失った。1000億ドルの気候変動基金に米国が300億ドルも支払うのは米国の富を途上国に移転するものだ……などと論じている。

 だが、これらのいずれも間違っているか、一方的か、誇張している。驚くべきことに、アメリカの有力大企業25社が共同でニューヨーク・タイムズ紙とウオール・ストリート・ジャーナル紙に掲載した全面広告では、パリ協定での主要国の削減負担は公平であり、残留する方が米国の雇用を増やし、企業の競争力を強化すると論じている。

 トランプ大統領とその支持者の本音は、国内資源である化石燃料を使ってどんどんエネルギー生産(実際は石炭)を増やし、雇用を復活させたいのだ。このトランプ大統領の石炭産業復活への信念が大きな混乱を生んだ。オバマ前大統領が実施した規制が石炭産業をダメにしたと主張している。前大統領を悪者にして自分たちが炭鉱労働者を救済するという図柄を描きたいのだ。それが自分を大統領に選出してくれた白人貧困層との契約だ。

 しかし石炭に将来が無いことは明らかだ。安価な天然ガスと再エネとの競争に敗退した。市場が出した結論だ。困窮する炭鉱労働者の雇用を回復するのなら、再エネを振興した方がよほど賢明だ。関連分野を含めた雇用は300万人規模で、年率20%で増えている。経済全体の雇用増の12倍の速さだ。しかもそれらはいわゆる高給職である。一方、石炭労働者はわずか7万人だ。彼らを再エネ産業に就業できるように再訓練してもそれほど大きなコストではない。

 トランプ大統領の今回の決定は、バノン補佐官が主張する反グローバリズムの側面も非常に強い。「自分はピッツバーグ市民から選ばれたのであり、パリ市民から選ばれたのではない」という表現がそれを示している。アメリカ第一主義とは結局のところ、世界に背を向ける思想だ。

 そもそも貿易の自由化・グローバル化は、どの国にも大きな利益をもたらすものだ。だからこそ世界中がそれを進めている。ただしグローバル化で敗者が生まれるのも現実であり、だから多くの国はセーフティーネットや職業訓練などの形で「国内社会政策」を提供している。

 地球環境を守るという新しいグローバル化においても、同様に「国内社会政策」を実施すべきだ。ところがトランプ大統領は、自国の労働者保護を地球環境よりも優先している。余りに利己的な短見だ。

産業界は圧倒的にパリ協定を支持

 もちろんパリ協定残留を求める声はアメリカ国内でも非常に大きかった。閣僚ではティラーソン国務長官、マティス国防長官、ペリー・エネルギー長官らは残留支持派だった。イバンカ夫人、クシュナー顧問、コーン経済顧問もそうだ。エクソン社のダーレン・ウッズ社長はトランプ大統領に残留を求める親書を送った。シシリー島でのG7からトランプ大統領が帰国し、協定離脱の方向という情報が流れた時から多数の米国市民は街頭に出て大統領の政策に反対した。

拡大ピュー・センターの調査の調査結果
 最近のピュー・センターの調査では、国民の70%がパリ協定を支持していた。さらに成人の89%は太陽光を支持し、83%は風力を支持をしていた。一方、洋上石油開発、原発、フラッキング、石炭などには50%以上の国民が反対している

 それに、トランプ大統領の支持層である保守系のアメリカ人も、相当多数がパリ協定残留を支持していたとする調査結果がある。エール大学などの調査によると、トランプ支持者のうち、47%は残留支持、28%が脱退支持、25%が意見不明だった。

 さらに、ビジネス界の支持は圧倒的だ。1000以上の有名企業が表明したリストがあるが、実に印象的な団結力だ。低炭素国としてのアメリカを支持する企業連合である。驚くべきことにこの企業連合は、パリ協定を脱退しても「2度C目標」を実現するために自ら行動すると誓約している。

 理由は明らかで、この協定が ・・・続きを読む
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筆者

西村六善

西村六善(にしむら・むつよし) 日本国際問題研究所客員研究員

1940年札幌市生まれ。元外務省欧亜局長。99年の経済協力開発機構(OECD)大使時代より気候変動問題に関与、2005年気候変動担当大使、07年内閣官房参与(地球温暖化問題担当)などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。

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