北原秀治(きたはら・しゅうじ) 東京女子医科大学特任准教授(先端工学外科学)
東京女子医科大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。ハーバード大学博士研究員を経て現職。専門は基礎医学(人体解剖学、腫瘍病理学)、医療経済学、医療・介護のデジタル化。日本政策学校、ハーバード松下村塾で政治を学び、「政治と科学こそ融合すべき」を信念に活動中。早稲田大学大学院経済学研究科在学中。日本科学振興協会(JAAS)代表理事。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
米国の費用対効果の研究成果から日本の医療政策のとるべき道を考える
オバマケア(安価な公的医療保険への加入を国民に義務付ける制度)廃止についての議論など、医療費のあり方について注目が集まるアメリカで、ハーバード大学の定期発行物に「医療費と健康寿命にはかならずしも相関がない」という記事が出た。この記事や、普段行われている健康診断などに注目した研究論文のいくつかを紹介しつつ、現在の日本の状況と照らし合せて、今後の日本の医療政策のとるべき道を探ってみたい。
日本のような国民皆保険制度をもたない米国では、医療費が高額になるため、多くは民間(もしくは雇用者から)の医療保険に加入している。しかし、保険料が払えなければ加入もできないために国民の6人に1人は医療保険に加入しておらず、こうした人は病状が悪化するまで医療を受けられない。結果として、病気を予防できず、国の医療支出がふくらむという弊害が起きている。こうした問題に対処するために、各地域や施設毎の医療費に関する研究が多く行われているのだが、これらは社会保障問題の現状改善に果たしてどれだけ役立ってきたのだろうか。「現在の研究では、医療費と患者の健康改善度との関連性が欠落している」というのが本記事を執筆したハーバード医学大学院のジェイクミラー氏の言葉である。
自由診療(皆保険制度ではないという意味に加えて、病院と保険者の間で医療の価格が決まるという意味)が主であるアメリカでの実際の医療費は、地域や病院という括りで決まるのでなく、個々の医師が決定する。つまり医療費=各医師の選択、であるため、医療費問題の解決のカギはここにあるというのだ。
ハーバード公衆衛生大学院で医療政策学、医療経済学の研究をする津川友介氏 は、「これまで、医療費や医療費削減を目的としたほとんどの研究は、地域や病院を対象としていました。 無論、病院間や地域差についての検討は重要ですが、患者の健康を改善しつつ、医療費を抑制するために、個々の医師の違いに目をつける必要性があります」と語る。
そこで、津川氏らハーバード大学の研究者たちは、2011年から2014年の間に入院し、内科治療が行われた65歳以上の患者が支払った治療費について詳しく解析した。その結果は、バイアスになりうる要素を除外しても、医療費は各医師によって異なるというものであった。さらに、治療や検査にかけるコストの低い医師と高い医師を比較したとき、30日間の患者死亡率に差は見られず、その後の再入院の差もなかった。この2つから得られる結論は、「お金をかけても満足いく健康は得られない」ということではなかろうか。
一方で、良い医療が受けられる病院ランキング1位常連のハーバード医学大学院の教育病院、マサチューセッツ総合病院医師のジェナ氏は、医療費と健康状態の相関性について語る事は非常に危険だと言う。例えば