日本列島で増え続けるシカ、その食害対策の昔と今
2017年06月26日
国立公園制度はアメリカのイエローストーンから始まった。19世紀の西部開拓時代、残された自然をありのままに残す場所を作ったのである。世界自然遺産も、世界的に顕著で普遍的な価値を持つ原生自然を遺すための制度である。世界遺産委員会では、各地の世界遺産における気候変動影響を調べ、必要な対策を立てることを、2007年に決議した。それ以来、日本森林技術協会は林野庁の委託を受けて、その検討委員会を開いてきた 。
世界遺産といえども、完全に人の手が入ったことのない場所はほとんどない。科学的知見は各地の自然保護のあり方をも変えてきた。依然としてシカの捕獲調整に反対している科学者がいる屋久島に対し、1998年の北海道東部 、2005年の知床世界遺産地域 、2007年の神奈川県丹沢 と、時期は様々だがシカの捕獲に舵を切った地域がある。前世紀末には自然保護団体も個体数調整に反対し、市民も交えた激しい論争があった。今では彼らもその必要性を認めている。しかし、決めるのはあくまで地域社会であって、科学者ではない。世界遺産の自然も大切だが、地域の人々の暮らしのほうがさらに大切だ。
1999年に鳥獣保護法(鳥獣保護及び狩猟に関する法律)が改訂され、科学的計画的な個体数調整を行う「特定計画」制度が導入された。その際に、主に4つの点が議論された。
(1)そもそもシカを捕獲することで減らすことができるか。
(2)放置していてもやがてシカは増加を止め、自然植生への食害は限定的ではないか。
(3)本来ゲームであるはずの狩猟に頼って再び乱獲に陥らないように制御できるか。
(4)そもそも問題はシカの天敵がいないことだから、オオカミを再導入すればよい。
農林業被害対策として、農地を長大なシカ侵入防止柵で囲う方策も進んでいるし、農地に入るシカの駆除には異論が少ない。ユネスコエコパーク登録地大台ケ原では、自然林を長大な柵で囲っている。屋久島や知床を始め各地でも小規模な植生保護策が設置されている。だが、全くシカがいない環境もまた不自然である。さらに、知床世界自然遺産の最奥部である知床岬には、シカ大量捕獲のための柵が設置されている。
4つの論点について、その後の状況は以下のようになっている。
(1) 自然増加以上に獲らなければ、捕獲による個体数調整は成功しない。屋久島では全島の管理計画が2012年から進められ、最近ようやく個体数が減少に転じたとみられる。2008年頃のシカ捕獲数は毎年約300頭だが、1,000頭獲っても島全体の個体数を減らすことはできないと試算され、当時は私も、世界遺産のある山岳部と西部地域は増えるに任せ、農地の多い南部中心に個体数管理を行うべきと考えていた。2013年から15年には年に4000頭以上捕獲しているが、捕獲は麓の農地等に限られ、世界遺産地域の林床植生が激甚な食害を受けている。
(2) 日本各地でシカが大発生し、逆に餌不足等による大量死が散見される。放置すれば自然が安定した定常状態に達するというのは幻想にすぎない。
(3) 駆除捕獲を狩猟者に頼る限界は各地で指摘され、2015年に鳥獣保護法が鳥獣保護管理法に改正されたとき、捕獲専門家制度が導入された。シカ肉等が十分に利用されていない現状では、捕獲したシカの多くは産業廃棄物になる。この現状で狩猟者に頼るのにはたしかに限界がある。
(4) オオカミについては
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