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大洗の被曝事故で見えた「事故対策の不備」

原子力機構を批判するだけでは済まない国の責任

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 日本原子力研究開発機構(JAEA)の大洗研究センターで被曝事故が起こった。被曝者5人全員の尿からプルトニウムが検出され、国内最悪の内部被曝の可能性が取りざたされている。この事故を受けて原子力規制委員会の田中俊一委員長は「安全確保の資質の問題も根本原因の一つ」と、原子力機構の体質に問題があるとの考えを示した。

 「もんじゅ」の度重なる事故や不祥事、東海村などの主力研究施設での未熟な事故をみると、確かに原子力機構が「指摘があっても改善の兆しが見えないのは、相当重症」(田中委員長)であることは否めないだろう。それは研究組織特有の「プルトニウムに慣れすぎていた」という説明では収まらないレベルの甘さだが、では本当に原子力機構だけが悪いのか? それは違うと声を大にして言いたいのである。

 問いたいのは、規制委員会の責任だ。問題点は2つある。一つは事故の全責任を「事故を起こした組織」に押し付ける態度だ。もう一つは、事故が起こったあとの対処法「事故対策」の不備を語っていないことだ。そのいずれにも全く責任を持たず事業者だけの責任にしては、福島原発事故の二の舞は防げまい。東京電力だけを悪者にして「臭いものに蓋」をするだけだったら、旧組織(保安院と安全委)を改変する必要はなかったはずだからだ。本稿では、規制委に何が足りないかを考察したい。

原子力規制委員会の任務

 原子力規制委員会は、福島原発事故の後に「二度とこのような事故を起こさないために、そして、我が国の原子力規制組織に対する国内外の信頼回復を図り、国民の安全を最優先に、原子力の安全管理を立て直し、真の安全文化を確立すべく」(規制委のホームページから)設置されたものだ。規制庁はその事務局である。

被曝事故が起きた作業台=日本原子力研究開発機構の提供写真に編集部で注記
 この組織改編には、事故防止ならびに事故後の対策を行なうために政府の役目を強化するという目的があった。というのも、原子力の安全対策を、事業所だけの責任で済ませては大災害を防げないし、事故対策を立地自治体だけに任せては、自治体を超える影響のある大事故の際に迅速な対応ができないからだ。事業所が「想定」できないトラブル(うっかりミスやテロを含む)を外部組織(国)が想定し、その想定の元に安全対策を指導する。それが原子力規制委員会の役目の一つの柱なのである。

 当然ながら、全ての原子力事故は、それを未然に想定できなかった規制委にも何らかの責任が出てくる。今回の事故は、規制庁の指示に基づいて作業して、その際の手順書が事業所任せだったことで起こった。結局のところ「安全管理は事業所任せ」のままだったのが事故の一因でもあるのだ。

 この点に関して、規制委ならびに規制庁は、旧組織から実質的な進歩がなかったということになる。確かに原発の再稼働基準はマシになって、廃炉する原子炉もでているが、それは本来なら旧組織がすべきことで、規制委の功績というのはおこがましい。むしろ、今回の事故が象徴するように、規制委・規制庁が理念通りに機能していないと見るべきなのだ。

安全対策だけでなく事故対策も

 大洗事故では、事故後3時間も作業者が放射能の充満した部屋に閉じ込められた対応も問題になっている。時間がかかった理由は、事故時の手順が確立されずに、放射能を部屋から出すリスクのみに囚われて、5人の被曝をきちんと認識できなかったからだ。筆者に言わせれば、今回出た放射能の総量は、屋外に飛散したら問題にならないレベルに希薄化する程度のものだ。となれば、問題は、なぜその判断を即座にするためのマニュアルが無かったかだ。

記者会見する日本原子力研究開発機構
 放射性物質の飛散の原因が「想定外」だったのは言い訳にならない。事故は起こるものという経験則を認めたうえで、事故を速やかに終息させる任務と、被害を最小限に食い止める任務の優先度を決めて、判断基準や対策方針をマニュアル化するのが、すべての安全管理に必須だからだ。例えば交通事故なら、110番と119番への通報のあとは公的組織の仕事として一連のマニュアル化がされている。原子力事故ともなれば、どんな細かな事後対応ミスも大惨事につながりかねないから、細部にわたって国(規制委)が整備する責任を負う。

 今回の事故に当てはめると、

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