学術論文数は10年間で世界2位から4位へと転落
2017年09月19日
学術論文の総数が日本以外の先進国(中国含む)は増加してきている。しかし、日本の大学や研究機関が発表した論文数は、10年前と比べて6%減り、国別の順位で2位から4位へと後退した。その傾向は人口当たりの論文数にするとさらに顕著である。この頭の痛い問題の背景に何があるのか。さらに、我が国の学術研究を発展させるためには具体的にどのような行動が求められているのか。英文の学術論文誌の問題を中心に述べたい。
国際会議があり北京を訪れた。2008年の北京オリンピックを記念した公園にある巨大な会議場「国家会議中心」で開催された。初日夕刻、エレベータを待つ間、初対面の日本人3人と話し、そのまま夕食に出かけた。全員日本人だが、私を含む3人がドイツ、1人が中国(広州)に住んでいる。まさに国際化された集いとなった。長く東京工業大の図書館長をしていた高橋栄一先生の現役時代の苦悩をきっかけに、議論が始まった。
エルゼビア社は積算根拠も示さずに日本の大学に(日本向けの)年間購読料を請求してきた(日本向けと書いたのは、価格が米国の大学より割高との情報を入手したからである)。エルゼビア社の学術誌販売は独占販売である。だから強気に日本の大学に価格だけを突きつけてきたようだ。九州大が他の大学より高額の請求をされており、どうもキャンパスが3カ所に分かれていることが原因だと聞いた。理事会では「このような法外な請求をされては日本の学術が危ない」という危機感を共有した。
背景にあるのは、これこそ「グローバル化の時代の勝ち組は誰か」という問題である。学術雑誌は研究の肥やしであり、これ無くして世界で勝負できる研究はできない。特に科学・技術分野では「英文論文」が重要である。では、日本の学術界が欧文誌を出版すれば、世界が今後も買ってくれて、発進力を維持できるか。多分難しい。
原因はいろいろある。英文誌は当然、英語が母国語の英国、米国などの組織が歴史もあり著名な学術誌を出版してきている。さらにトムソン・ロイター社などが欧文学術誌の論文被引用数調査を「格付け(インパクト・ファクター=IF)」していることで、世界中の研究者が英語圏の雑誌に優先的に投稿するようになった。また、英国タイムズ社も「世界大学ランキング」にIFを使うことから、さらに拍車が掛かってきている。
論文誌ではないのに「Nature」はIF=40.1、「Science」はIF=37.2と、科学雑誌のIFは極端に大きい。日本人もそこに論文を投稿したがる。当然、掲載されると報道会見を行い、新聞やテレビで報じられる(私も何度かしました)。すると、次の競争的資金を獲得する際、有利となる(場合によると、小保方事件のように世を騒がす)。また、文部科学省を訪ねて説明する時、新聞記事を持参して行くと官僚は喜ぶ。結果、予算要求に好都合。と、まさに「勝ち組」の正のスパイラルである。
このような、純粋学術的とは言えないアングロ・サクソンの戦略に乗せられていることへの危機感を、日本物理学会理事会で議論した。問題なのは、スパイラルの弊害を文科省などが共有して回避へ動こうとしないことだ。その傘下のJSTなどは、反対に競争的資金を獲得した日本の研究者に「IFの高い雑誌で掲載するように」と、あおることもあると聞いた。文科省の予算は日本国民の税金である。当然、国益を考えて大学に予算を付けているはずだ。ところが、その税金を使った研究成果をアングロ・サクソン系の出版社に優先的に出すことについての議論がない。国の不利益をなぜ文科省は深刻に受け止めないのか。
そこで理事会では、ただ物理のことだけでなく、長期に英文誌がアングロ・サクソン系に支配されることを懸念したのである。上記のような誘導をしていると聞くJSTに、学会としての質問状を送った。すると、当時の北澤宏一理事長(故人)から文書で回答があった。その最後の方に書いてあったのが「日本には学芸会的な学術誌が多すぎる」ということである。JSTとしては日本物理学会と認識は異なり、日本の学術誌は質の向上が先ではないかという見解であった。
上記の課題を考える上で、中国の最近の動きに注目したい。中国は10年ほど前まで、まさに「学芸会」の学術誌が氾濫していた。
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